勝者はイーロン・マスク?──堤伸輔が検証するアメリカ大統領選挙
堤伸輔、途方にくれる
マスク傘下の企業群が儲け続けることができるかは、アメリカ政府の、すなわちトランプ政権の意向にかかる部分が大きい。AI(人工知能)や暗号資産(仮想通貨)などに対し一定の制限をかけようとしてきたバイデン政権の姿勢は、トランプによって規制緩和の方向へ大きく舵が切られるだろう。その点では、マスクの望む通りだ。しかしたとえば、トランプがメキシコからの輸入車に最大500%の関税をかけるという公約を実行に移せば、「テスラ」は大打撃を免れない。マスクはメキシコにテスラ車の新工場の建設計画を進めていたが、選挙戦中にトランプの意向が明らかになって計画を中断している。トランプは中国企業がメキシコで造る自動車の締め出しを狙っているのだが、その余波を「テスラ」も被ってしまうのだ。関税が価格にそのまま乗っかれば500万円の車でも1500万円から3000万円の価格となり、買う者は誰もいなくなる。マスクは、テスラ車を高関税の例外扱いにすることを目指すかもしれないが、うまくいくだろうか。さらに、テスラ車は中国でも製造・販売されている。マスクにとって、中国もお得意さまなのだ。トランプ政権が中国と貿易をめぐって厳しく対峙すれば、マスクの中国ビジネスも直撃を受けるだろうし、中国政府とトランプ政権の板挟みになる事態もありうる。ビジネス面だけ見ても、トランプとマスクが衝突する要素は少なくないのだ。 より本質的な対立もあるだろう。マスクの存在感が“肥大”していったとき、トランプにそれが許容できるか、という問題だ。ある日、マスクが思うように腕を振るい、自分を上回る目立ち方をしていると気づいたとき、トランプは我慢ができるだろうか。ウィン・ウィンの関係などどうでもよくなり、自分だけが威光を誇示したいと思うようにならないだろうか。 だから、勝者がいつまでも勝者であるかは分からない。 トランプ当選で、これから何を書き、何を語ればいいか、私はいったん途方に暮れた。だが、大物・小物入り乱れた「にわか仕立てのトランプ劇団」がどういう芝居を演じるかを楽しむしかないなと、いまでは思うようになった。(11月17日記。文中敬称略)
堤伸輔 1956年、熊本県生まれ。1980年、東京大学文学部を卒業し、新潮社に入社。作家・松本清張を担当し、国内・海外の取材に数多く同行する。2004年から2009年まで国際情報誌『フォーサイト』編集長。2020年末に新潮社を退社。BS-TBS『報道1930』、テレビ朝日の『楽しく学ぶ!世界動画ニュース』『中居正広の土曜日な会』などの番組でレギュラー/ゲストの解説者・コメンテーターを務める。 編集・神谷 晃(GQ)