勝者はイーロン・マスク?──堤伸輔が検証するアメリカ大統領選挙
イーロン・マスクが政権ナンバー2?
だが、ケネディやゲーツを“小物”に見せてしまうのがイーロン・マスクだ。選挙戦中から露骨にトランプを応援し、総額1億2000万ドル(約180億円)近くをトランプ陣営に献金しただけでなく、有権者にもお金をばら撒く脱法スレスレの支援を続けてきたマスクは、副大統領になるJ.D.バンスを差し置いて、“政権ナンバー2”のような振る舞いをし始めた。手始めが、ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキーとトランプの電話会談に加わったことだ。これを報じたニュースサイト「アクシオス」やWP紙によれば、11月6日、ハンガリーに向かう列車の中にいたゼレンスキーがスターリンクのおかげでこの会話が可能になったと述べると、トランプはその衛星リンクによって最近の米国でのハリケーン被害の際に被災者がネット接続できたと褒め上げ、マスクに電話を代わったのだという。ロシアの侵略開始からウクライナにスターリンクを無償提供してきたマスクは、ある時期から請求書をペンタゴン(米国防総省)に回しているとされる。 マスクがアメリカ政府に送りつけている請求書は、これに限らない。電気自動車を製造・販売する「テスラ」、宇宙事業を営む「スペースX」など多くの先端企業を経営するマスクは、米政府を相手に巨額の商売を展開しているからだ。たとえば「スペースX」の助けがなければ、米軍は軍事衛星も打ち上げられないし、NASA(航空宇宙局)は国際宇宙ステーションに送り込んだ飛行士たちを地球に帰還させることができない状況になっている(ライバルであるボーイング社の宇宙船の不具合が、スペースXの地位をさらに高めている)。 こうして、ゼレンスキーとの「友好的」なトップ会談に加わり外交面でも存在感を見せつけたマスクは、さらに翌週11日、イランの国連大使アミール・サイード・イラバニともニューヨークで極秘に面会した。言うまでもなくイランは、トランプ政権が最も激しく対立することになるかもしれない「敵対的国家」だ。トランプはバイデン以上にイスラエルへの支援を強める可能性が高いが、当然、イランは反発し、一触即発の緊張がイスラエルとだけでなくアメリカとの間にも高まるだろう。国際関係でアメリカにとっていちばんの“火種”となりうるイランの大使と、民間人に過ぎないマスクが、アメリカを代表する形で会ったに等しい。異例中の異例の事態だ。NT紙はこの会談は「有益」だったとするイラン側の反応を伝えているが、まだバイデン政権が続く中でマスクは、国務省などすべての公式チャンネルの頭越しに動き始めたのだ。 ここまでで既に私には、マスクが「副大統領以上」に見える。南アフリカ共和国生まれで南ア、カナダ、アメリカの三重国籍をもつマスクだが、アメリカ生まれでないため憲法の規定でアメリカ大統領にはなれない。しかし、今回の選挙を好機としてトランプのふところに入り込んだことで、事実上、大統領と同等の、あるいはひょっとして、それ以上のポジションを手に入れたのかもしれない。 だから、勝者はマスク、なのだ。 そのマスクには、さらにこれから“最強の武器”がトランプから与えられることになりそうだ。「政府効率化省」という連邦政府の支出を大幅カットするための“政府外組織”が新たに作られ、そのトップにマスクが座るのだ。これは、省庁の統廃合などという生やさしいことを進める組織ではなく、マスクが不要と判断すれば、大勢の官僚が“追放”され、国家にとって不可欠な機関や組織まで潰されることになりかねないと報じられている。なにしろマスクは、400以上ある連邦政府機関を「99に減らしたい」と語っているのだ。本来、予算や政府機関の設立・廃止などを決めるのは議会だが、トランプの了承さえあれば、マスクが強引な動きに出ることもありうる。それに異論を唱える者は所属する組織ごと“消される”運命が待つかもしれない。そうなれば、マスクの存在感と威光は比類なきものになる。 「自己正当化とカリスマ性演出の天才」トランプと、「天性の科学的ひらめきを駆使するビジネス利益最大化の天才」マスクが手を結んだいま、どのような世界が私たちの眼前に現れるのかは、想像の宇宙の外にある。ただし、容易に思い描けるのは、このコンビの蜜月が長く続かない近未来図だ。