難病「トゥレット症」当事者が語る家族への思い。普通学級に入れたのは両親のおかげ
学校に進学できたのは、両親のおかげ
そもそもトゥレット症という病気を持つ生徒をすんなりと受け入れてくれる学校は、ほぼ皆無。そのため、進学時は毎回学校探しに奔走する必要があったとか。 「高校受験の際も、いろんな学校に連絡しましたが、大半の学校からは『前例がないから』『あなたのような子は受け入れるのが難しい』と断られるばかり。その連絡を受けた時、悲しくて、母と一緒に抱き合って泣いたのを覚えています。大学受験時は、地元の大学で僕を受け入れてくれる学校がなかったため、父と一緒に仙台から神奈川まで関東近辺の大学に何校も見学に行きました。そうした両親のおかげで、無事に高校も大学も進学できた。親の働きかけのおかげで、いまの自分があるんだなとつくづく感謝しています」
病気が原因で、母との関係が悪化
とはいえ、両親との関係はすべてが順風満帆だったわけではなかったとのこと。当初、病気が発覚した頃は、酒井さんと家族との関係が悪化したこともあったそうです。 「トゥレット症の問題点のひとつは、『本人がやりたいと思っていないのに、声が出たり、身体が動いてしまったりする』という点です。正直、5秒に1回くらい大声を上げるので、普通の人なら一緒にいるのはなかなか耐えられないと思います。もともと聴覚過敏だった母は、僕と一緒にいるとノイローゼのようになってしまって、『静かにして!』『やめて!』と怒りだすこともたびたびありました。ただ、僕としても、自分がしたくてやってるわけではないので、『なんでわかってくれないの!』と泣きながら抗議していましたね」 大学進学を機会に家を出て、ひとり暮らしを始めたという酒井さん。病気を抱えながらのひとりでの生活は大変なことも多いけれども、家族との関係はかなり良好なものになったとのことです。 「病気を持つ子どもがいると、親御さんはすごく心配になってしまうものだと思います。僕と母の関係も同様で、近すぎるがゆえに、母も余計に僕のことが心配になっていたと思うし、僕としても『こんなに近くにいるのに、どうしてお母さんはわかってくれないんだ』と甘える部分も多かった。現在は僕も就職して、自活ができているので余裕が生まれたのもあるのでしょうが、お互い一緒に住まなくなったことで、すごく良好な関係を築けている…と思います」 先日も初の著書を出版したことを母に報告したら、「ここまでこれてよかったね…」と泣きながら喜んでくれたとか。 「いままで一番迷惑をかけた母に、喜んでもらえたことは本当にうれしかったですね。うちの母は幾度も『この子が普通の子なら…』と感じていただろうなとは思いますが、それは言っても仕方がないですし。今後も、僕なりの方法で恩返しができればなと思います」
ESSEonline編集部