法廷闘争や議会選出にもつれたケースも 米大統領選、こじれた歴史
米大統領選(11月5日投開票)は、人口などによって各州と首都ワシントンに配分された計538人の選挙人の獲得数を主に民主党と共和党の候補者が競う。大半の州は州内の最多得票者が全ての選挙人を獲得する「総取り方式」を採用し、過半数の270人を獲得した候補が当選となる。ただ、過去には集計の妥当性を巡って法廷闘争にまで発展し、決着が遅れるケースもあった。 【図解でわかる】歴代の米大統領、人気なのは誰? 最も有名なのが、共和党のジョージ・ブッシュ南部テキサス州知事(当時)と民主党のアル・ゴア副大統領(同)が争った2000年の大統領選だ。大票田の一つ、南部フロリダ州(選挙人は当時25人)の結果を巡り、両陣営による法廷闘争が展開され、決着までに36日を要した。 開票日翌日未明に、複数のテレビ局がブッシュ氏が当選確実と報道。ゴア氏もブッシュ氏に敗北を認める電話をかけた。 しかし、フロリダ州では最初の集計で両氏の得票数の差が投票総数の0・5%以下だったため、州法の規定に基づき再集計となった。最終的に同州が発表した結果では、ブッシュ氏が537票(投票総数の約0・01%)上回っただけだった。 記載内容が不明確な「疑問票」を巡って双方が訴訟合戦を展開したが、連邦最高裁は疑問票の手集計を命じた同州最高裁の判決を差し戻し、ブッシュ陣営の事実上の勝訴を言い渡した。ゴア氏はテレビ演説で「次期大統領の下で結束しよう」と敗北を宣言。混乱は幕を閉じた。 民主党のジョー・バイデン大統領と共和党のドナルド・トランプ前大統領による一騎打ちとなった20年の前回大統領選も記憶に新しい。開票日の4日後にバイデン氏が当選を確実にし、勝利宣言したものの、トランプ陣営は「不正があった」と主張。各地で選挙結果の無効化を求める法廷闘争に打って出た。 その後、トランプ氏側の敗訴や訴えの取り下げが相次いだ。しかし21年1月、「不正」を主張するトランプ氏の支持者らが、大統領選の公式集計手続きが行われていた連邦議会議事堂を襲撃。少なくとも5人が死亡し、1000人以上が訴追される事態となった。 一方、いずれの候補も獲得選挙人数が270人に届かなかった場合は、合衆国憲法に基づき、開票日の翌年1月に連邦下院での投票で大統領を選出する。実際、現在の2大政党制が定着する前の1824年にそのケースがあった。 候補者は、ジョン・クインシー・アダムズ国務長官、アンドリュー・ジャクソン上院議員、ウィリアム・クロフォード財務長官、ヘンリー・クレイ下院議長の4人(肩書はいずれも当時)。ジャクソンが選挙人の総数261人(当時)のうち99人を獲得して首位だったが、過半数は下回り、下院での投票に持ち込まれた。下院では州単位(各州1票、当時は24州)で投票が行われ、アダムズが過半数の13票を獲得、第6代大統領となった。 今回も、バイデン政権を継承する民主党のカマラ・ハリス副大統領と、返り咲きを目指すトランプ氏が接戦を繰り広げている。両者とも獲得選挙人が269人となるなど過半数に至らず、200年ぶりに下院での投票にもつれ込む可能性を指摘する専門家もいる。【畠山哲郎】