<インド>老婆の心 ── 高橋邦典フォト・ジャーナル
インドに限ったことではないが、片田舎にでかけると、時々驚くほど「味のある」顔をもった老人に出会うことがある。 ラジャスタン州の村で出会ったこの老婆もそんな顔をもった一人だった。人生の喜怒哀楽が、ひとつひとつ克明に刻みこまれたような彼女の顔を見たとき、僕は思わず驚きの声をあげた。百歳くらいに見えるけれど、農村部では自分の誕生日など知らない人がほとんどだから、正確な彼女の年齢もわからない。高温で乾燥したこの土地での長年の過酷な畑仕事は、ずっと早く人間を老けこませるから、実際は彼女も見かけよりかなり若いのかもしれない。 見事な彫像的ともいえる老婆の顔に、僕は「老」よりも「美」を感じてしまった。庭先にポツリと座り込んでいた彼女の前で、僕は膝をつき、ただ会釈をしてカメラを向けた。 もぐもぐと聞き取れない言葉で彼女が何かをつぶやいた。 「なにか用事かい?若造」 そんなことでも言ったのだろうか?深い窪みのなかから潤んだ瞳が僅かに輝いたが、若輩者の僕には、その輝きの裏にある老婆の心など、読みとることはかなわなかった。 (2009年11月) ---------------- 高橋邦典 フォトジャーナリスト 宮城県仙台市生まれ。1990年に渡米。米新聞社でフォトグラファーとして勤務後、2009年よりフリーランスとしてインドに拠点を移す。アフガニスタン、イラク、リベリア、リビアなどの紛争地を取材。著書に「ぼくの見た戦争_2003年イラク」、「『あの日』のこと」(いずれもポプラ社)、「フレームズ・オブ・ライフ」(長崎出版)などがある。ワールド・プレス・フォト、POYiをはじめとして、受賞多数。 Copyright (C) Kuni Takahashi. All Rights Reserved.