国家という怪物相手に違憲訴訟に素手で挑む(下) 婚外子差別の根絶求める富澤由子の闘い
生来の姓で裁判したい
この裁判だけでも大変なことなのに、同時期に富澤はもう一つの違憲・国賠訴訟も提起した。二つの違憲裁判はともに、亡き母の遺言をめぐり20年から3年間にわたって姉たちと争った相続裁判での経験がもとになっている。 母の遺言は、自分名義の土地と建物を長姉夫妻に相続させるという内容。しかし、家庭の事情で就学の機会を得られず氏名以外はカタカナしか書けなかった母が、自分から遺言を書いたとはとても思えない。遺言書は姉夫妻に強制されて書かされたのではないかという疑念がぬぐえなかった。長姉夫妻は両親が始めた店で一緒に働いてきた。義兄は妻の姓に改姓したことで「家長」になったという認識で、両親と養子縁組もした。1994年に父が亡くなったとき、富澤は父名義の店舗と家屋、土地を二人が相続することに同意してきた。 相続裁判では事実婚や婚外子差別だけでなく、姉たちから「結婚して家を出た者は相続権がなくて当たり前」と言われるなど、旧民法の家父長意識や家督相続意識をいやというほど味わった。家制度は戦後廃止されたはずなのに、夫婦同姓の法律婚重視と「嫡出・非嫡出」で子を選別する民法・戸籍法が変わらない限り、人々の意識が変わることはないと痛感した。 相続裁判で富澤は「生来姓」を使うと裁判所に伝えた。生来姓というのは造語で、生まれたときから使い続け、アイデンティティとして自他ともに認める人格権としての氏名という意味で使っている。17年から裁判官が旧姓で裁判文書を書けるようになったのだから、裁判を受ける側も当然、生来姓でできると富澤は考えた。裁判官は認めてくれたが、相手側の姉たちと代理人は応じなかった。裁判官に、相手側も生来姓を使うよう指示してほしいと求めても、「相手側にそうさせる立法上の根拠がない」という返事だった。 最高裁まで争った相続裁判で母の遺言は有効とされ、土地と家は長姉夫妻が相続するという決定が出た。判決文での氏名表記は一審と二審が「富澤由子(戸籍上の氏名:藤田由子)」で、生来姓を主に書かれたが、最高裁判決では「藤田由子」と戸籍名になり「旧姓富澤」と添え書きされていた。 自分が生来姓を使うだけでなく、裁判所も相手方も含めて生来姓で裁判する権利が確立されなければ、特に相続裁判やDV裁判などでは戸籍名の改姓を余儀なくされた女性たちが追い詰められることになる。生来姓での裁判を保障していない現行法制度は憲法32条の裁判を受ける権利などに違反すると訴えて「氏名権・裁判を受ける権利訴訟」を起こした。 こちらは本人尋問がないまま今年2月に「請求棄却」の一審判決が出た。「憲法32条では婚姻前の氏名を使用して裁判を受ける権利利益まで保障されているとはいえない」という判断だった。判決文の氏名は戸籍名の「藤田由子」で書かれ「旧姓富澤」と添え書きされていた。 富澤は不服だが、戸籍問題に詳しい吉岡睦子弁護士は、相続裁判の一、二審判決文で生来姓(通称)を主に書かれたことは成果だと評価する。「いまは過渡期であり通称使用の扱いがあいまいで、明確な基準がない。裁判は、その点を指摘して、司法に一石を投じている。戸籍名での裁判や、通称に戸籍名を併記するということが当事者にとってどれほど苦痛かは他の人には分かりづらい。裁判は意味のあることだと思う」と話す。富澤は控訴し、今後東京高裁で二審が始まる。