「世界一即戦力な男」が浪人して東洋大目指した訳 6年間引きこもり、夢をかなえるゾウ作者との縁
しかし、これで満足した菊池さんは、高校3年生の年齢からずっとネットに入り浸る生活を送るようになります。 「大検を取ったら肩の荷が下りました。また『人生の締め切り延長だ!』といった状態で、何の危機感もなく、ネットの沼にはまっては、コンテンツばかり見ていましたね。ただこのときに、『はてなダイアリー』でブログを書いて2万PVを取れたことで、こんなにPVを稼げるのなら、ブロガーからライターになる道があるのかもしれないと意識できたのはよかったです」
ここから彼の引きこもり生活は22歳まで続きます。その生活の中で、彼の人生に大きな影響を与えた出会いがありました。 ■『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さんとの出会い 「当時、『夢をかなえるゾウ』の作者である水野敬也さんのブログが面白いなと思って読んでいたんです。水野さんと映像ディレクターの古屋雄作さんが毎週ネットラジオをやっていて、それも聞くようになりました。 そのラジオで『後輩オーディション』という2人の『後輩』を募集する企画をやっていたので、2浪の年齢(20歳)のとき、3回目のオーディションに応募したんです。それで水野さんと古屋さんに面接をしてもらったのですが、古屋さんに何かあると思っていただけて、月に1回程度、映像制作の手伝いをさせていただくようになったのです」
引きこもりの時期も、家の近くにあった図書館でサブカル本や、社会学の本を読むなどして、勉強自体は続けていた菊池さん。古屋さんに気にかけてもらったおかげで、外の世界に一歩踏み出せるようになりましたが、水野さんからは少し距離を置かれていたそうです。 しかし、彼が大学への進学を決めた理由はその水野さんの一言がきっかけでした。 外の世界に出始めて、4浪の年齢になった菊池さん。この年の夏ごろからは予備校に通わずに、自宅で参考書を使いながら受験勉強をしていました。
実は菊池さんが受けた第3回後輩オーディションの後にあった食事会で、水野さんに言われたことが心の中に残っていたことが大きかったそうです。 「『後輩オーディション』はクリエイターなど、何かをやりたい、作りたいけど、その方法がわからないという人が集まる場所でした。僕も漫画家やライターになりたいと思っていた人間でした。僕は水野さんから『負のオーラ全開のやばいやつ』だと思われて距離を置かれていたのですが、一度だけアドバイスを言っていただいたことがあって。