「賛成は求めない」 半導体の新たな覇者、エヌビディアCEOが3万人の従業員に求めるたった一つのこと
■ エヌビディアの圧倒的な強さを支える「他社にはない強み」 ──著書では、エヌビディアの2023年から2024年にかけての「破壊的な急成長」に触れています。売上額が1年間に126%もの成長を遂げた最大の要因を「半導体とAIの両方を併せ持っていたこと」と述べていますが、これは何を意味するのでしょうか。 津田 ゲーム機用として開発されていた従来のGPUと、AI向けのGPUという「2つの成長分野」を持っていたことです。2018年、AIスパコン向けのGPU「Volta」を発表し、学習時間を従来の数日から数時間へと大幅短縮することに成功しました。それ以降、エヌビディアのAI向けGPUはさまざまなデータセンターに導入されています。 当時、エヌビディア全体の売上額から見ると、AI向けGPUの売上額はゲーム機用GPUの売上額よりも少ない状況でした。しかし、2023会計年度には、AIの学習チップを使うデータセンター向け売上額が前年度比41%増の150.1億ドルとなり、ゲーム機用GPUの売上額を上回りました。 世界半導体市場統計(WSTS)によると、2023年の半導体業界全体の売上額は、前年比8.2%減の5269億ドルとマイナス基調でしたが、エヌビディアだけが対前年度比2.26倍と大幅増収を実現しています。こうした数字からも、エヌビディアの特異性がうかがえます。 AIは今後も成長を続ける分野です。そして、AIが十分に成長を遂げれば、身の回りのさまざまなものに「何げなくAIが入っていた」という状況が訪れるでしょう。そして、半導体はこの「何げなさ」を見せるための裏方です。 AIの演算には半導体が不可欠ですから、今後はAIの普及が進むにつれて、半導体の数も増え続けます。その時、AIと半導体の両方に強みを持つエヌビディアが一層存在感を増していくはずです。
■ 日本の半導体メーカーが海外企業に及ばなかった理由 ──著書では、日本の半導体産業についても解説しています。半導体材料メーカーや装置メーカーの中には世界でもリードする日本企業がある一方で、半導体メーカーは衰退の一途をたどりました。その背景には何があったのでしょうか。 津田 要因はさまざまですが、日本の半導体産業の特徴を調べると、総合電機メーカーが産業界をリードしてきたことが分かります。日立製作所も東芝もNECも、いずれの企業も一事業部門として半導体を作ってきた歴史があります。 例えば、東芝、日立、三菱電機は重電と呼ばれる重工業向けの製品開発が本業で、原子炉や火力・水力発電、タービン、モーターなどを得意とします。NECや富士通、沖電気は通信事業が本業です。つまり、半導体以外を本業としている企業にとって、半導体はあくまでも付帯事業という位置づけでした。 日本では半導体を製造する会社は総合電機メーカーの一部門とされていましたから、どうしてもグループ内でのバランスが求められます。半導体は量を作れば作るほど儲かるビジネスですが、親会社から「作った半導体を他社に売るな」という命令されることもあったそうです。 一方、半導体製造をリードするアメリカには、専業メーカーばかりです。作った半導体を多くの人に使ってもらうために、戦略的な販売を進めてきました。日本の場合はそれができずに、企業内や業界内でのしがらみから逃れられなかったことが大きな敗因の一つと考えています。 ──業界の構造や経営戦略上の位置づけが日本と米国では異なっていたわけですね。 津田 日本で半導体を作るのであれば、完全独立の企業でないと世界と渡り合えないと思います。企業という組織は、心を一つにして同じ方向に向かうことで力を発揮するものです。 エヌビディアの創設者兼CEO であるジェンスン・フアン氏は「個人それぞれに意見は違うから、私はAgreement(賛成)を求めない。ただ会社としてのAlignment(合意)は合わせてほしい」と話しています。エヌビディアにとってAlignmentの一つがAIです。AIというAlignmentから踏み出さなければ、あとは好きにして構わない、と言っているわけです。 その結果として、エヌビディアは3万人という従業員数で9兆円を稼ぐ企業になりました。変化のスピードが速い半導体業界だからこそ、経営と現場が一つになり力を発揮することは必要不可欠だと考えています。
三上 佳大