目指すのは“悪魔の親指”、世界的なクライマーが難攻不落の岩山に命綱なしで立ち向かう
米国アラスカ州にある標高2700メートルの恐るべき山塊、世界一流の二人はなぜ挑んだのか? クライマックスは?
先駆的な偉業を次々と達成し、ロッククライミングを多くの人が注目するスポーツに押し上げてきたトミー・コールドウェルとアレックス・オノルド。二人が挑戦することにしたのは、米国アラスカ州の「悪魔の親指(デビルズ・サム)」。標高およそ2700メートルで、多くの人が登頂不可能と考えている、五つの峰がある山塊だ。そして、この冒険をさらに壮大なものにするために、コロラド州にあるコールドウェルの自宅を自転車で出発し、北米有数の美しい風景の中を4200キロも人力で移動する計画を立てた。 【動画】単独で、ロープなしで北米最大の岩壁を初登攀したアレックス・オノルド ライターで山岳ガイドでもあるマーク・シノットが、46歳のコールドウェルと39歳のオノルドに今回の挑戦や、幼い子どもをもつ父親としてのリスクと責任のバランスの取り方などについて聞いた。 ***** トミー・コールドウェル(C): 長距離の自転車旅行を前からしたいと思っていました。でも何より重要だったのは、これがトンガス国有林への関心を高める機会になるんじゃないかと考えたことです。トンガスは、アラスカ州南東部を覆う世界最大の温帯雨林で、私はその保全に一層の注目を集める方法を模索してきました。最初は単独でアラスカまで自転車を走らせるつもりでしたが、その後に、友達と一緒の方がずっと楽しいと気づきました。そこでアレックスに電話したんです。初めは断られましたけど。 アレックス・オノルド(H): トミーの当初案ではアラスカの海岸全域をカヤックで移動することになっていたので、断ったんです。それだと旅程が2カ月半にもなってしまって、家族と離れるには長過ぎました。私は自転車の冒険も二度ほど経験していますし、自転車は風景に没入する最高の方法だと感じていたんです。この冒険で自分が変われるのではと期待していました。 S: あなたたちは今回、登頂が難しいとされる岩山に登りました。子どもができてから、リスクの見積もり方に変化はありましたか? H: 変わったことと言えば、時間の使い方です。娘たちはいろいろなことができるような年齢になってきたので、なるべく一緒にいて、楽しいことがしたいんです。なので、より多くの時間を家で過ごす分、リスクに挑む機会が減るということはあるかもしれません。でもその反動として、挑戦するときにはこれまで以上のことをやるだろうと思います。何しろ、私はソロ・クライミングが心底好きですから。 C:私は命を懸けてまでヒマラヤに行きたいとは思いません。私の知る多くの人たちが、あの巨大な山脈に挑んだ結果、離婚したり、命を落としたりしてきたからかもしれません。それでも私は、リスク許容度が比較的高い方だと思います。ただ、アレックスのようにリスクを追い求めたりはしません。時にはリスクを進んで甘受することもありますけど、許容可能なラインをなるべく越えないように努めています。 S: クライミングに魅せられる理由は何ですか? C: 挑戦のために築いていく人間関係、クライマー仲間のコミュニティー、自然に没入できること、冒険心の充足。多くのことがあるので、一つだけを挙げるのは難しいですね。 H: 私はクライミングをするときの体の動かし方がとにかく好きなんです。それに、クライミングは自分を向上させたり、新しいことに挑戦したりする機会をたくさん与えてくれます。 S: 今回のクライミングのハイライトは? H: 私たちは今回、悪魔の親指の山塊にある五つの峰をすべて登りきる「悪魔の縦走(ディアブロ・トラバース)」を成功させました。それも命綱を使わず、1日のうちにです。画期的とは言えないかもしれないですけど、それでも素晴らしい体験でしたよ。 C: 「猫耳の尖塔(キャッツ・イアズ・スパイア)」は、私がこれまで行ったなかで最も狂気に満ちた峰でした。見るからに恐ろしい姿をしていて、至るところが尖(とが)っているんです。大きな氷瀑がいくつもあるし、北西の斜面では雪崩が絶えず起きていました。雪が流れ下る轟音(ごうおん)が聞こえてくるんですよ。 H: ピザの箱ぐらいの広さしかない頂もありました。互いの写真を撮ることも難しかったです。何しろ狭くて、「フレームに収まらないから下がってくれ」なんて言おうものなら、二人とも転げ落ちて、一巻の終わりって感じでしたよ(笑)。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版11月号特集「目指すのは“悪魔の親指” 総距離4200キロの冒険」より抜粋。
文=マーク・シノット