社会全体が抱えている宿痾を浮き彫りに…医学という切り口によって現代社会の実像を描き出した2作(レビュー)
医療を巡る正義の物語だ。 月村了衛は活劇小説から出発し、社会全体をさまざまな切り口で描く柄の大きな作家に成長した。最新長篇『対決』(光文社)は医学教育の実態を描いた意欲作である。 日邦新聞社会部記者の檜葉菊乃は、入試に絡む不正問題で注目を集めている私立統和医科大学に、別の疑惑が存在していることを知る。入学試験に際し、女子学生を一律に下げて採点しているというのである。独自に取材を開始した檜葉は、大学理事である神林晴海への接触を思い立つ。 檜葉と神林、立場が違う二人の女性が不正を認めるか否かの決断を巡って心理戦を繰り広げる物語だ。下敷きになっているのは二〇一八年に東京医科大学で起きた女子学生に対する不正減点事件だろう。性別に対する差別意識を指摘されるべき問題であり、大学側は全面的に非を認めた。 檜葉による攻勢、受けに回った神林の苦悩が描かれる中で、問題がどこから生まれたものかが明らかになっていく。大学はなぜ女子よりも男子学生を優先したのか。そこには現在の研修医制度が深刻な崩壊を起こしているという事情があったのだ。不正に携わった人々にも彼らなりの正義があったことを、作者は明らかにする。 浮かび上がるのは、この社会全体が抱えていると言ってもいい宿痾である。二人の主人公がともに、女性であるがゆえのいわれなき差別に苦しめられているにもかかわらず、立場の違いから敵味方として闘わなければならなくなるという図式が物語に深みを与えている。キャラクター造形の妙だろう。
中山七里『ヒポクラテスの悲嘆』(祥伝社)は、唯我独尊の医師・光崎藤次郎と、彼に師事する助教の栂野真琴を主人公とした法医学ミステリーの第五弾だ。 浦和医大法医学教室を統べる光崎には、所轄の警察署から司法解剖の依頼が寄せられる。ある日、教室の面々とは旧知の間柄である古手川和也刑事から、非公式の相談事が寄せられた。広町邦子という女性が、二十年以上にわたる引き籠り生活の果てに自宅で亡くなった。古手川は状況に不審を抱き、死因を調べるべきだと考えたのである。果たして司法解剖の結果、死者の体内からはあるはずのないものが発見された。 光崎は天才であり、彼の手にかかれば死体は誰も気づかなかった真相を語り出す。その意外性が本シリーズの持ち味だが、目を向けるべき現代の社会問題が描きこまれていることも見逃せない。本作では、ロスト・ジェネレーションと呼ばれる世代が否応なく巻き込まれた社会の息苦しさが事件の背景にあり、悲劇の根底にあるものが明らかになったときには、深い諦念が読者の胸にこみ上げてくるはずである。『対決』と同様、本作も医学という切り口によって現代社会の実像を描き出した作品なのだ。 [レビュアー]杉江松恋(書評家) 1968年東京都生まれ。ミステリーなどの書評を中心に、映画のノベライズ、翻訳ミステリー大賞シンジケートの管理人など、精力的に活動している。著書に海外古典ミステリーの新しい読み方を記した書評エッセイ『路地裏の迷宮踏査』『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』など。2016年には落語協会真打にインタビューした『桃月庵白酒と落語十三夜』を上梓。近刊にエッセイ『ある日うっかりPTA』がある。 協力:新潮社 新潮社 小説新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社