イランもイスラエルも「本当は全面衝突を望んでいない」...それでも、ネタニヤフはなぜ対立を利用するのか?
<ハマスのトップを国内で殺害されて恥をかかされたイランと、激しい口調で牽制するイスラエル。両国の対立が一過性ではない理由、そして国際社会の役割について>【曽我太一(ジャーナリスト)】
7月31日、イスラム組織ハマスのトップだったイスマイル・ハニヤ政治局長がイランの首都テヘランで殺害された。 【動画】「いかなる攻撃からも守る」ネタニヤフ首相の会見(8月18日) ハマスはイスラエルによる暗殺だと主張し、暗殺作戦の舞台となり赤っ恥をかかされたイランはイスラエルへの激しい報復を誓い、極度に緊張が高まっている。 似たような状況は今年4月にもあった。在シリア・イラン大使館がイスラエルによるとみられる攻撃を受け、イランは報復としてイスラエルに対する史上初の直接攻撃に乗り出した。 ただ、発せられる過激な発言とは裏腹に、双方ともに全面的な衝突は望んでいないと考えられている。 イスラエルのネタニヤフ首相は「いつでもイランを攻撃する用意がある」とイランを牽制するが、イラン政策に詳しいテルアビブ大学のメイル・リトバク教授は、「ネタニヤフは常々そうした発言を口にするが、政策面では発言と行動が異なり、非常に慎重なタイプだ」と指摘する。 同じことはイラン側にも言えるという。最高指導者ハメネイ師は、イスラエルに対する敵対的なレトリックで知られるが、「非常に慎重な人物で、ハメネイが指導者である限り、イランがイスラエルを本気で攻撃する可能性は低い」とリトバクは分析する。 4月のイスラエルへの直接攻撃でも、イランはアメリカ等の関係諸国に事前通告するなど、事態悪化を避ける動きも見られた。 ただ、イスラエルにとってイランが最大の脅威であることは間違いない。国土も人口もイスラエルをはるかに上回り、全面衝突しても勝ち目はない。 そのイランの脅威をあおり続け、自らを唯一無二の「ミスター安全保障」として売り込み続けてきたのがネタニヤフだ。いま再び、自身の政治的生き残りのために、イランとの緊張関係に活路を見いだそうとしていると指摘される。 昨年10月、ハマスのテロ攻撃を許したことでネタニヤフへの国民の信頼は失墜。今でも首相は辞任すべきだと考える人は7割に及ぶ。 しかし、ネタニヤフ率いる右派政党リクードは徐々に支持を回復。最新の世論調査では、昨年10月以降初めて、最も多くの支持を集めた。イランとの緊張が高まるなか、支持を回復し続けている。 アメリカ大統領選挙も鍵となる。イスラエルがイランと戦争になれば、イスラエル支援をめぐり米民主党の分断が再燃し、激戦州でのハリス敗北につながる可能性がある。 つまり、ネタニヤフ個人と蜜月を築いたトランプ再選に有利に働くと英諜報機関MI6のジョン・サワーズ元長官は英有力メディアで分析する。ネタニヤフにとって最善のシナリオはトランプ復活なのだ。 しかし、深刻なのは、現在の瞬間風速的な緊張状態がなかったとしても、長期的に見れば、イスラエルとイランの緊張は一過性のものではないこということだ。 イスラエル建国後、両国は一時は外交関係を築いたが、1979年のイスラム革命で激変した。イラン現政権は国際的に多くの国が認めている現在のイスラエルすらも「占領」と見なし、イスラエルの存在そのものを敵視する。 パレスチナ国家が樹立されれば、その姿勢が和らぐと思いたいが、イスラエルは目下、いかなる形であれパレスチナ国家を認めるつもりはなく、むしろ実質的な「パレスチナ併合」に突き進んでおり、解決の糸口は見えない。 イスラエルとイランの敵対関係は、中長期的に中東を再び戦火に陥れる危険性をはらむ。しかも、それは核戦争の可能性すらあるのだ。 その引き金がいつ引かれることになるのかは誰にも分からないが、引き金を引かせないためには国際社会による強い働きかけが必要だ。
曽我太一(ジャーナリスト)