開園100年の植物園に未知の危機もたらす気候変動 「地球沸騰化の時代」100年後を信じ、深い森つくる
▽「特効薬はない」次の100年も 中井さんは木々の病気を治療し回復させる樹木医の資格を2002年に取得している。木の突然死について「原因は分からない」と前置きしつつ、前提として気候変動によって生命力が低下した木が以前より増えたと推測している。キノコの一種「ナラタケモドキ」の菌が根から入って組織を破壊し、水分や栄養素が吸い上げられなくなった可能性もあるという。 中井さんは「早く変化に気づけなかったのかと悔やんでいます。気候変動が止まらなければ、このような木は増えるでしょう」と不安を口にした。特効薬はないという。 基礎作業を見せてもらった。 木々の生える密度の管理はとても大事だ。太陽光が当たりやすいように、スタッフが枝が成長しすぎたブナ科の1本を間伐していた。 ガラス製のハウスでは、ツバキなどの枝を接ぎ木や挿し木で増やしている。大きくして風雨にさらし、いよいよ森に植える。ツバキならここまでに13年をかけている。別のハウスには、絶滅危惧種の草花が278種約850株、植わっていた。担当のスタッフは「ここでは花を咲かせるのが目的ではなく、遺伝子の配列が異なる個体を増やすことを目指しています」。植物園の森や野山に戻した際、生き延びる個体が出る確率を上げたいという発想からだ。
バックヤードには、植物の根にミネラルを与えるための土壌改良で使う肥料が大量に貯蔵されている。費用を抑えるため、牛馬のふんの無償提供を受け、自分たちでブレンドする。春に葉を芽吹かせるため、根が活動を休む冬場に「寒肥」として土にすき込む。 次の100年間も、やることは同じだ。 ▽台風に占領、危機、また危機 植物園には大きな危機が3回あった。1934(昭和9)年の室戸台風では数千本の樹木が倒れたりし、翌年の大水害でそばを流れる賀茂川が氾濫し、園内は泥まみれになった。 太平洋戦争後は連合国軍総司令部(GHQ)に接収され、1946年から1957年まで駐留した米軍は家族用住宅を建設するため、2万5千本の樹木の約4分の3を伐採したという。 2017年と翌年の台風では300本以上が損傷し、木の処理でバックヤードがあふれ、計10日間の臨時休園に追い込まれた。爪痕はいまだ生々しく、園は樹木が菌類や微生物によって分解されていく過程を見せたいと、倒れた樹齢100年超のヒマラヤスギを元の場所で野ざらしにしている。まるで超巨大恐竜の墓場のようだ。