【コンサルと書評家が教える】「仕事をするすべての人に読んでほしい本」と「サラッと読めるけど日常が違って見える本」
「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」を受賞した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)の著者で文芸評論家・三宅香帆氏。そして、2023年と2024年のビジネス書年間ランキング2年連続1位を獲得した『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者でコンサルタントの安達裕哉氏。現在話題の本の著者である二人は、どちらも読書が大好きという。動画が台頭する現代においても読書を楽しんでいる二人がオススメする本を聞いた。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部) 【この記事の画像を見る】 ● 実は日本にしかない「新書」というジャンル 安達裕哉氏(以下、安達) 三宅さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、タイトルが気になって拝読していました。とても興味深くて、1日で一気に読んだんですよ。私自身は働いていても本が読めるタイプで、読書が息抜きになっています。今日は、さまざまな本を読まれている三宅さんのオススメの本をぜひ伺いたいと思ってきました! 三宅香帆氏(以下、三宅) 私の本を読んでくださってありがとうございます。オススメしてほしいジャンルはありますか? 安達 ぜひ「働いていても読める本」を3冊教えてください。 三宅 そうですね、私は新書がすごく好きで。何か知りたいことができたら、まず新書を読む習慣があるんです。新書は、一般人向けに専門知識の入り口を書いてくれているもの。だから、働いている方できちんとした知識や情報を得たい方にオススメです。 安達 私は、新書とは何かよくわかっていないのですが、特殊な位置付けにあるんでしょうか? 三宅 新書って海外には存在していない、日本独自のものです。海外で専門的な知識を得ようとすると専門書一択ですが、日本はその手前のものとして新書がある。一般の方向けに安く、ポケット版として手に入るものという志で作られたジャンルです。 安達 専門書と一般書の間の位置付けとして作られたものだったんですね。 三宅 だから、一般の人が「知りたい分野があるけれど、専門書はハードルが高いし、どれから手に取っていいかわからない」という時に、新書を読むと素早く知識が手に入ります。参考文献もしっかり書いてあることが多いので、まずは新書を手に取るという習慣をお勧めしたいです。それに、新書はジャンル別ではなく、新書棚で1つに並んでいるから、面白そうなものが見つかるのもいいところだと思っています。 ● 三宅香帆氏のオススメは、“日常が違って見える新書” 安達 新書って、少しニッチなイメージがあります。 三宅 そうですね。でも、かなり幅が広いんですよ。私のオススメの1冊目は小島庸平さんの『サラ金の歴史』(中公新書)。日本の消費者金融の歴史だけを書いたニッチな新書で、非常に面白いです。日本の経済史が、サラ金という形で私たちの日常に溶け込んできた経緯が書かれています。そういったことを知ることで、日常が少し違って見えるところがありますね。2冊目は、呉座勇一さんの『応仁の乱』(中公新書)。これも非常に売れました。日本の歴史は、応仁の乱がある意味転換点になっていることがわかって面白いですよ。 安達 どちらもニッチなジャンルですね。そんな新書の中で、三宅さんの本が15万部も売れているのは珍しいのではないですか? 三宅 本当にありがたいです。でも、去年一番売れた新書に『言語の本質』(中公新書/著:今井むつみ、秋田喜美)という本があって、24万部くらい売れたのではないでしょうか。これは「オノマトペ」について書かれた本で、「ブーブー」などがなぜ言語になっているかについて取り上げられています。この本も言語学入門という位置付けで、読むと実は何気なく発している言葉の中にも言語学の体系があることがわかる。これも日常が少し違って見える面白さ、楽しさがあります。これがオススメの3冊目ですね。 安達 どれも三宅さんのオススメの理由が面白いですね。本の直接的な中身より、一段俯瞰した「生活と結びつく面白さ」を教えくださっている。確かに、応仁の乱が日本の歴史においてどういう話だったかなんて普段知ることがないですし、掘る気にすらならない。問題意識として抱くことがないので、興味深いです。 三宅 新書は意外と変なテーマのものが売れています。本屋さんの新書棚に行くと「こんな本があるんだ!」という驚きがあるので、私は好きなんですよ。 安達 私は電子書籍で買うことが多いので、新書と知らずに読んでいることに気がつきました。 ● 安達裕哉氏オススメの小説2選 三宅 本好きである安達さんのオススメもぜひお願いします! 安達 私の1冊目はヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』。ブッダと同名の主人公が、お金持ちになって破産したり女性問題を起こしたりと、いろいろやらかしていく話です。でも、実はそのやらかしがものすごく重要だという。なぜなら、世の中の本質は体験しないとわからないことばかりだから。つまり「百聞は一見にしかず」を本1冊使って書かれている、少し異常な感じがする本でした。良さが伝わりづらいんですけど……。 三宅 確かに。でも、読んでみたくなりますね。2冊目は何でしょう? 安達 村上春樹さんの『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』。私が一番好きな村上春樹作品です。 三宅 どこがこの本のいいところですか? 安達 私が村上春樹作品で好きなのは、得も言われぬ、人生の寂しさをくどくどと語っているところです。大人になると、家族もいて、職場に仲間もいるのに「なんかよくわからないけど寂しいね」という感覚になることがないですか? その感覚が特に濃いのがこの作品だと感じています。彼の本をたくさん読んで思ったのは、人間はいつか死ぬ。その「死」をどこまでも薄めていくと、村上春樹作品に出てくる寂しい主人公の感じになるということ。そのことを彼はずっと書いているのだと感じます。 三宅 わかります。私が最近お話しした臨床心理士の東畑開人さんという方が、「現代人は、寂しさに強すぎるんですよ」と言っていて。安達さんが言う“寂しさみたいなもの”を見て見ぬふりをしないと社会生活を送れないし、「寂しくないのが普通」と強がりモードな時代になってきている。でも、やはり寂しさはある、と。「そこを村上春樹さんは、すごくうまく書いていますよね」と盛り上がったんですよ。 安達 死を薄めて飲ませるみたいな、あの後味を体験したい人は村上春樹作品を読まないと、という感覚になりますよね。 三宅 そうなんですよ。嬉しい! 安達さんと村上春樹さんの話をできるとは思っていませんでした。 ● 「頭のいい人」がオススメするビジネス書 安達 3冊目はビジネス書で、ハロルド・ジェニーンさんの『プロフェッショナルマネジャー』。アメリカの、コングロマリット(多業種間にまたがる巨大企業)の総帥の考えを自叙伝的に書いたものです。日本で出版されたのは2000年ごろで、今だと炎上しそうなハードワーク系の本です。これを読んだのは、私がコンサルティング会社でマネジャーになった直後の、すごく疲弊していた時でした。でも「マネジャーは、日中は部下のために時間を使い、自分の仕事は誰も質問に来なくなってから始めろ。そして、終わるまでやれ」と書いている。これを読んで「まだ帰っちゃダメなんだ!」と絶望しました(笑)。でも、この本は「会社を経営する」という本質をすごくよく書いている。仕事への取り組み方という点では、これ以上の本はなかなか見たことがないですね。 三宅 そう言われると読みたくなりますね。 安達 疲れていると読めなくなる本、ナンバー1ですけどね(笑)。 三宅 今回お話しして、想像していた以上に安達さんから文学青年の香りがして、すごく嬉しかったです。私、安達さんの『頭がいい人が話す前に考えていること』は、「載っている例がすごく豊かでいい本!」と思いながら読んでいたんです。その背景には安達さんの文学青年なところがあったのかも、という気持ちになりました。 安達 ありがとうございます。私も三宅さんのお話を伺って、すぐ本屋の新書棚に行ってみようと思いました。 三宅 「新書の棚に行こう!」ということを伝えられて、私は本望です(笑)。 (本稿は、『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者・安達裕哉氏の対談記事です)
安達裕哉/三宅香帆