ロシア・クルスク州に投入された北朝鮮兵 始まったMZ世代兵士に対する心理戦
米国のジョン・カービー大統領補佐官は23日の記者会見で、少なくとも3千人の北朝鮮兵が今月初めから中旬にかけてロシア東部に移動し、戦闘訓練を受けているとの見方を示した。ウクライナ国防省の情報総局は24日、北朝鮮兵の最初の部隊が、ウクライナ軍が越境攻撃を続けるロシア南西部・クルスク州に到着したと発表した。 韓国の情報機関・国家情報院によれば、今回投入された兵士は特殊作戦軍の兵士だという。元々は、「暴風軍団」と呼ばれた第11軍団だったが、2017年までに陸海空軍の狙撃兵部隊を吸収統合し、特殊作戦軍になった。兵士の主な任務は超低空からの落下傘による敵地後方への浸透作戦だ。軽量化された小銃など、最小限の装備で活動し、市街地でのインフラ設備の破壊や要人の拉致・暗殺を試みる。 北朝鮮兵が投入される場所がクルスク州というのは理にかなっている。国情院は23日、韓国国会情報委員会での報告で、今回の派兵は、ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩総書記が6月に署名した「ロ朝包括的戦略パートナーシップ条約」の第4条が根拠になっているとした。同条は、ロシアと北朝鮮のどちらかが「武力侵攻を受け、戦争状態になる場合」、軍事手段などを支援するとしている。ウクライナ軍は8月から越境攻撃を行い、クルスク州の数百平方キロの土地を占領している。 おそらく、北朝鮮兵はウクライナ本国とクルスク州に駐屯するウクライナ軍を結ぶ兵站線を攻撃・破壊し、ウクライナ軍を孤立させる役割を担うのだろう。ロシアの主権が及ぶ地域だから、北朝鮮兵自身も補給を受けやすい。自衛隊元幹部や韓国軍事専門家らは「激戦地のウクライナ東部ドネツク州に北朝鮮兵は投入されないだろう」と口をそろえる。言葉の壁があるうえ、北朝鮮軍はロシア軍と合同軍事演習を行った経験がないため、部隊単位での共同作戦の遂行が難しいためだ。
北朝鮮兵の脱走を警戒
ただ、北朝鮮兵をクルスク州内に投入する背景には、「北朝鮮兵の脱走を警戒する」という思惑も含まれていそうだ。ロシアの主権が及ぶクルスク州であれば、脱走しても拘束しやすいからだ。 特殊作戦軍兵士らは、北朝鮮軍でも比較的恵まれた待遇を受けているとされる。朝鮮中央通信が公開した、金正恩氏が9月11日に指導した特殊作戦軍兵士らの写真をみても、みな体格が良く、悪くない食料事情をうかがわせた。国情院も23日の国会報告で、北朝鮮兵に軍事訓練を施したロシア軍の教官らが、「北朝鮮兵士は体力と士気で優れている」と評価したと説明した。また、韓国・聯合ニュースは参戦の対価として、北朝鮮兵1人に2千ドル(約30万円)が支払われると伝えた。半分以上は国家が徴収するだろうが、「平壌で4人家族が1カ月暮らす生活費が約100ドル」(脱北者)といわれるなか、北朝鮮兵士にとっては小さくない金額だ。 ただ、ウクライナ当局が公開した、ロシアに投入された北朝鮮兵とされる映像をみると、ほとんどが20代前半くらいに見える。1990年代半ばに起きた「苦難の行軍」と呼ばれる食料難の後に生まれたMZ世代だ。彼らは配給など国家の恩恵を受けたことがなく、自力で生きて来たため、「ジャンマダン(市場)世代」とも呼ばれる。この世代はほとんどが、密輸入されたUSBなどを通じて韓国のドラマや映画などに親しむなど、外国文化の影響を受けている。 国情院は23日の報告で、ロシア軍教官が「ドローン(無人機)を使った戦いなど現代戦の理解が不足しているため、戦線に投入された場合、多数の戦死者が出る」とも予想していると説明した。クルスク州のロシア軍兵士は、ウクライナ軍のドローンに苦戦してきた。同州は森林地帯だが、赤外線や暗視スコープを使ったドローンが投下する手榴弾によって、ロシア軍兵士は次々に命を落としてきた。ドローンと対決したことがない北朝鮮兵士であれば、さらに死傷者が増える可能性が高い。当初は士気が盛んでも、混乱が起きれば動揺も広がりやすいだろう。すでに心理戦は始まっている。ウクライナ国防省情報総局(HUR)は23日、ロシア軍の降伏を促すために使ってきたSNSに、に北朝鮮兵の投降を呼び掛ける記事と動画を朝鮮語で投稿した。「プーチン政権を助けるため、他国の土地で無意味に死ぬ必要はない」と訴え、快適な宿舎と1日3回の温かい食事、医療サービスを提供することを約束した。韓国政府も、北朝鮮兵が脱北した場合、現地で受け入れる準備を進めているという未確認情報もある。 国情院の23日の報告によれば、北朝鮮ではウクライナ派兵の事実についてかん口令が敷かれているものの、住民の間には不安な空気が広がっている。特に、派兵された兵士の家族の動揺は激しく、当局は家族を一般市民と隔離する措置を取っているという。北朝鮮内は韓国文化の浸透や長年続いた経済難などで、市民の間に不満がガスのように充満している。今回の北朝鮮兵のウクライナ派遣が、北朝鮮市民の怒りを爆発させるトリガーになるかもしれない。
牧野 愛博