マリア・シュナイダーが語る至高の作曲術、AIが代替できないジャズの民主主義
『Data Lords』と名曲「Hang Gliding」の制作秘話
―2020年発表の最新作『Data Lords』についても伺いたいです。あのアルバムにはあなたのファンの誰もが驚いたと思います。あのアルバムを作ったきっかけは? マリア:いくつかあったけど、一つは私たちの暮らしや子供達に、ビッグデータが及ぼす影響にめちゃくちゃ頭に来てたこと。それが最大の懸念だった。今の政治、子供の自殺率、鬱、引きこもり……すべてが信じられない状況にある。私にとって音楽とはもともと、私の人生を語るストーリーのようなものなので、その時に関心があることが現れる傾向にあって。ちょうどその頃、デヴィッド・ボウイからコラボレートを持ちかけられた。彼は、私の他の作品も好きだけど、特に初期のダークな作品が好きだった。そんな彼とのコラボレーションを通じて、彼の目を介し「ダークって楽しい!」と私も思うようになった。ダークさには皮肉がある。そして、それは必ずしも陰鬱なダークさではなくて「わあ、なんてダークなんだ、参ったなぁ!」みたいな感じでもある(笑)。 ―からっとした前向きなダークさ(笑)。 マリア:そういう意味で、彼にインスパイアされた。そこにビッグデータへの懸念が合わさって、私の中から曲が生まれてきた。その頃、私は「AIが地球を滅ぼし、後には何も残らないんだ!」と思ったから。その一方で(同作収録の)「Sanzenin」は京都に行ったことがインスピレーションだし……ちなみに今回も公演後、京都へ行くから! 他にもバードウォッチング、アート、自然への思いも曲となって表れていた。 ―2枚組のそれぞれが「The Digital World」「The Natural World」というコンセプトで作られたそうですね。だから自然についての曲も収録されていると。 マリア:ある時、それらをギグで演奏したら、ある人から「これらを録音してアルバムにしなきゃ」と言われた。でも片方は挑戦的で、片方はソフト。こんな両極端な曲を録音するなんて無理だと思った。でもその晩、ベッドに入りながら「これってすごいことだ」と気づいたの。曲を書いたら、また次の曲を書く。それだけだったけど、私が人生で何にもがいたのか気づいた。Eメールやメッセージに注意を削がれ、ネットが勝手に売りつけてくるものから逃れ、自然や沈黙や美しさと繋がりたいと願う……これが私の抱えてる問題なんだと音楽が示してくれた。私は今、人生の陰と陽の間でもがいているんだ、ってね。 その時点で、「The Digital World」「The Natural World」の2枚組にすると決めた。よく「次はどんな作品になりますか?」と聞かれるけど、私には「わからない」としか言えない。実際、ブラジルから戻ってきて書いたのが「Hang Gliding」(2000年作『Allégresse』収録の人気曲)だったわけで。 ―そうだったんですね! マリア:あれを書いた時も”飛ぶこと”と”ブラジルでハンググライダーをしたこと”を曲にしていることはわかっていた。でも数曲書き終えるまで、どれほどブラジルが音楽の美しさと喜びに目を向けさせてくれたか、気づいてなかった。自分の頭の中で何が起きてるか、音楽を書いたあとにその音楽から教えられる。高いお金を払って精神科医に診てもらわなくてもいい。子供が描いた「ママとパパが怒ってお互いを見ている」絵から「なるほどそういうことか」と子どもの心を読み解くみたいに……私にとって音楽は、私の精神状態を教えてくれるものだから。 ―『Data Lords』では危惧、不安、怒り、もしくは警告みたいなものが頭に浮かんだ時に、それをどんなサウンドで表現しようと思ったんですか? マリア:特にどんなサウンドとは考えず、ただサウンドを、自分が惹かれるサウンドを探しただけ。それは抱えていたフラストレーションや怒りが洗い流されていくような経験だった。音楽は錬金術みたいだとも思う。暗がりや悲しみといった自分の中にある、自分がもがいているものを、美しい何かに変えることができる。この曲ができたから、もう私は笑える。だから「邪悪になるな(「Don’t Be Evil」)」って言ってるの。あれはGoogleを笑い物にしてるんだけどね(「Don’t Be Evil」はGoogle社のモットー)。曲を書くことで悪いもの(evil)がなくなっていい気持ちになるって感じ。 ―『Data Lords』では多くの曲でエフェクターやシンセサイザーに頼らず、そのダークな世界観を表現していますよね。そこがすごくあなたらしいと思います。どんな作曲技法や演奏技法を使ったんですか? マリア:技法というよりは音符の物理かな。ダークな音楽には半音が含まれているもので、特に一番低い音に半音が含まれている。音階には全音と半音があるけれど、その半音がルート(根音)に近づくほどに、音階的には暗くて密度の濃いものになるから。 その逆で「Hang Gliding」は低域が全音で、高域が半音という明るいサウンドに溢れている。引き上げられるような美しいサウンドってこと。そんなふうに自分の精神や耳に聞こえるものを追うだけ。後から分析すれば「なぜダークに聞こえるか明らか、半音がぎっしりだから」って思うけど。絵画と一緒で、明るい色を使って高揚感を出すか、深いダークブルーに黒を混ぜてよりダークな色にするか、ということ。作曲もそれと同じ。リズムへのアプローチ、音符がいかに他の音符とフィットするか、ハーモニー、一つのコードから次へどう動くか、軽くするか、圧縮するか、そういった一つ一つの選択による。結局、物理や幾何学と一緒で、音楽の法則からは逃れられない。作曲とはそういうものだと思う。 ―僕が初めてライブで「Hang Gliding」を聴いたとき、あなたが「この曲はここで人が助走をして、それをこういう楽器が表現していて、その後にハンググライダーが飛び立つんだけど、そこではこの楽器がこんな演奏をしていて……」とMCで解説していたのも印象的でした。この曲には物語があって、場面ごとに情景があって、それに合わせて曲が書かれて、ソロが配置されています。完成された映画みたいな曲なんですよね。 マリア:たしかに、どこか映画みたいなのかも。 ―どんなことを考えながら、どんなプロセスで作曲したら、あんな曲ができるのでしょう。 マリア:私があんなふうに”何かのことについて”曲を書こうと決めて作ることは滅多にない。あの時も、楽器で音を出しているうちに、突然ハンググライディングのことを考えている自分がいた。それで「あ、ハングライディングについての曲なのか」と気づいて、「いいじゃん、そうしよう!」って思った。それが決まったら、どんな形式にするかを決める。私はよく自分でも言うんだけど、子供の頃から説明的でプログラマティックな音楽を書くのが好きだった。自分の人生の体験を取り入れ、人に何かを感じさせるようなストーリーを語る、というか。だから人から「あれを聴いてハングライディングに行きたくなった」と言われると、すごく嬉しい。「Data Lords」もそうだった。ただ音を出していたら「あれ? これってビッグデータって感じの音だ」って感じたの。まずはタイトルが浮かんで、そこから「これをどう発展させていこうか?」って。その次に「それによって私たちが作り出した人類の破滅(がテーマ)だ」って思った。