「役者は絶対にAIには任せられない」頑固であり柔軟、水上恒司の人間力と矜持
自分のことを「不良品」だと思う理由
──岸谷は「不良品」というレッテルを貼られます。この世界に「不良品」なんてあると思いますか。 あると思いますよ。前提として不良品とは何だという話がありますが、それを脇に置いておいたとしても、僕だって「不良品」だろうし、社会不適合者だと思います。 ──人間には何かしら欠陥があって、他者を羨んだり卑屈になったりします。水上さんもそういうネガティブな感情に襲われることはありますか。 もちろん。でも、もう認めるしかないですよね、そう感じてしまうことを。じゃないと面白くないですから。ネガティブな感情を持たない役者なんて、どんな役者なのかと思うし、そこで腐ってもいいとも思います。人を傷つけたり迷惑をかけたりしないのであれば。 ──言える範囲で結構です。たとえば、どういうところにコンプレックスを感じるんですか。 ずっと野球しかしてこなかったことですね。役者というのは、経験したことがないことをやらなくちゃいけません。僕は、日本の社会の大半を占めるであろうサラリーマンという職業の経験をしたことがない。なのに、サラリーマンという役を演じなくてはいけない。経験値が圧倒的に足りない、というコンプレックスはずっとあります。 それでお金をもらって飯を食べてるわけですから、そのコンプレックスを埋めるためにできる限りの努力をするんですけど。 ──その努力とは、たとえばどういうことでしょう。 突きつめていくことですね。たとえば、その役の収入はいくらなのか。その中で家賃にどれくらい使い、光熱費にどれくらい使い、携帯代にどれくらい使い、自由にできるお金はいくらで、どんな遊びをして、何を我慢しているのか。そのことにその役はどう思っているのか。世の中に対して自分をどう見せていきたくて、どうなりたいのか。細かく細かく掘り下げていくしかないです。 ──お芝居をやっていれば、今日は上手くできなかったと思う日もあると思います。そんな日はどうやって気持ちを立て直しますか。 僕は監督からオッケーをもらったら、役者から「もう1回」と言うべきではないと考えています。ましてや僕のような年齢なら尚更です。大体変わらないですから、役者からお願いしてもう1回やっても。だからオッケーが出たら、もう気持ちを切り替える。もちろん悔しさなんて昨日も一昨日も感じたし、毎日感じます。でもそこは次に撮るシーンで、どれだけいいものを出して巻き返せるかしか考えないです。 ──水上さんは自己肯定感が高いほうですか。 どうでしょうね。別にそんなに高いこともないと思いますけどね。ただ、健やかであろうという意識はあります。たとえば僕がどんなストレスを抱えていたとしても、相手にとってそれは関係ないみたいな場ってあるじゃないですか。そこで自分のネガティブなものを見せないように努力はしています。 ──世間の思う水上恒司と、ご自身が思う“本心”の水上恒司。そこにどれくらい乖離があるのかを聞いてもいいですか。 そこはもう乖離しかないですね。 ──そのギャップに対して、しんどいと思うことはないですか。 デビュー当初はありました。最初の頃は、自分をどういうふうに見せていくかなんて考えもなかったですから。自分が必死でやってることが結果的にこういうふうに見えるんだとギャップを感じて、初めての経験だったのもあり、負担に感じることはよくありました。 ──そのモヤモヤをどう手放していったのでしょうか。 まだ上手くはできていないですけど、しょうがないと思うしかないですよね。他者が自分のことをどう思うかなんて操作できない。自分をどう見せていくかをコントロールすることはできますけど、僕はもうそれはあまりやらなくてもいいんじゃないかと思っているんです。 ──映画では、時代に適合できない生きづらさが描かれていて。“将来”でなくても、今この時代に適合できずに苦しんでいる人はたくさんいると思います。 僕も適合できてはいないと思います。価値観が多様になりすぎて、もはやどういう状態を適合できていると言うのか、その正解さえわからないですけど、今は多くの人が波風を立てないように生きていて、隣人ともあまり関わらないし挨拶もしないような世の中になっている。そういう中で僕は周りと違う生き方をしている自覚はあるので、だとすると適合できていないと言えるでしょうね。 ──そんな時代において、水上恒司さんが大事にしたい生き方を教えてください。 懸命に生きることですね。人とちゃんと交わろうとすること。挨拶をすること。相手のことを考えること。僕たちが幼稚園や小学校の低学年で学んだことが大事なんだと思います。「和をもって貴しとなす」という言葉があるじゃないですか。僕はすごくいい言葉だなと思っていて。ちゃんと人と「和」をつくっていける生き方をしていきたいです。 取材・文/横川良明 編集・構成/小島靖彦(Bezzy)