自称「現役の織田信長」、記者会見で「討ち入りじゃー!」と叫ぶ、「ネオ幕府」将軍…都知事選を騒がせる「武将系」3候補に直撃取材
【3人目】アキノリ将軍未満候補 ネオ幕府アキノリ党 37歳
史上最多の候補者届出となった最後の1人がこの長い名前の謎の多い人物だ。アクリル製の兜を身につけ、羽織袴を着て街頭に現れる将軍(周囲は候補者のことをこう呼ぶ)は、高円寺駅のロータリーでの街頭演説では言葉数は多くなく、20~30代に見える周囲のメンバーがマイクをとり、好き好きに主張をしてゆく。「私は蓮舫さんに入れますけどね!」「俺は田母神さんに!」「いただき女子りりちゃんは無罪だ!」「生ユッケを食べられるようにしろ!」音楽をかけながら酒を片手に、とうてい選挙演説とは思えない、政治思想以上に彼らの言葉でいう「バイブス」(ノリ)を実に同じくする人々によって「高円寺」的サブカルチャーの匂いのする空間が出来上がっていた。 幼い頃に触れた、小林よしのり『戦争論』などに影響を受け、政治思想に興味を持ち、右派排外主義団体である「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の立ち上げに関わるなど各種政治団体に出入り。2007年の都知事選挙に立候補して衝撃的な演説を披露したことで知られる外山恒一氏が運営している福岡のシェアハウス的な場所で暮らして、彼の主張するファシズムの影響も強く受けたという。 ーネオ幕府運動について教えてください。 「30代後半になって自分としてもそろそろ何かしらの運動を起こしてみたいと思ったんですね。元々は右翼思想のガチ勢なので、そこをより深めるというかハックするような形でできないかと。外山恒一のファシズム理解を基本にしつつ、アレンジした考え方です。明治維新で現在の社会システムはできあがったわけですが、それは悪である幕府を倒すことによって成立した。なので、右翼思想的に幕府に戻すというのは異端にあたるんです。幕府を倒した明治維新に対して、幕府に戻す令和維新を提唱しています」 ー幕府を倒して天皇に権力をもたらした明治維新の逆をやる、となると天皇の否定、右翼思想に反するように見えますね。 「権威と権力の分離ですね。江戸時代の天皇がやっていたのはお菓子に名前をつける、とか、たまにポエムをリリースするとか文学界のレジェンド的な役回りですね。で、ネオ幕府の場合は全員武士になったらいいと思ってるんです。で、最終的に将軍を目指す将軍チャレンジ、みたいな」 ーこの選挙を通じて実現したいことはなんですか? 「地政学や産業構造の変化、日本の政治思想や歴史を考えた結果、ほっといてもネオ幕府に近い形に発想は出てくると思うのですが、私が考えているネオ幕府以上に体系的なものにはならないと思うので、今の時点で広めておきたいと思っています」 将軍本人が語る、多岐にわたる歴史的事実や政治思想の解釈に裏打ちされた「ネオ幕府」の実態は、1時間程度のインタビューで理解できる代物ではない。ここではただの内容のないパフォーマンスではないことだけでも伝われば十分だとしたい。理論以上に、音楽や芸術界隈のクリエイターらを惹きつける”バイブス”によるムーブメントとして捉えておくことができるだろう。 武士を名乗り、供託金300万円を支払ってポスターや政見放送などでアピールする3人の必然性はそれぞれなんとなく見えて来たかもしれないが、「共感」まで行き着く人は多くないだろう。ただ、自分の想像力を超えた主張を掲げ、それを必死で訴える人たちの声に耳を傾け、何が共感できないポイントなのかを自明とせず都度向き合ってみることで社会の多様さ、あるいは病理のようなものに気づくことができる。このカオスじみた都知事選挙から学べることは意外と少なくない。
宮原 ジェフリー(フリーランスライター)