映画『傲慢と善良』公開!婚活におけるあなたの”自己評価”は、どれぐらい?【今祥枝の考える映画vol.30】
BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆している今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。第30回は、藤ヶ谷太輔と奈緒がマッチングアプリで出会った男女・架(かける)と真実(まみ)を演じる『傲慢と善良』です。 【画像】『傲慢と善良』藤ヶ谷太輔と奈緒が演じたがマチアプカップル
映画『傲慢と善良』
■マッチングアプリで出会い、交際を始めた二人に何が起きたのか? 読者の皆さま、こんにちは。 最新のエンターテインメント作品を紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第30回は、辻村深月の同名ベストセラー小説の映画化『傲慢と善良』です。 突然ですが、映画やドラマなどの映像作品の魅力について語るときに、大抵の場合は「共感」がキーワードになりますよね。海外の作品と比較しても、圧倒的に日本では共感の要素に重きが置かれていると思います。でも、なんだかそういうのってつまらないなあとも。 個人的な好みの問題はあると思いますが、私は共感できない主人公や登場人物の物語に非常に心引かれます。なぜ、こんなことを言うのだろう、なぜそんなことをするのだろうかと理解に苦しむようなキャラクターが、どうにも気になって仕方がないのです。 人間とは矛盾した生き物だという考えが強くベースにあるからかもしれません。あるいは、なぜ、自分がこの人物に反感を抱くのか、嫌いなのかと突き詰めて考えていくと、意外なことに思い当たったり、自分の中の見ないようにしていた部分と向き合うきっかけになることもあります。 『傲慢と善良』の真実(まみ/奈緒)は、私にとってまさにそんな女性像でした。 マッチングアプリで婚活を始めた架(かける/藤ヶ谷太輔)は、東京育ちでかっこよくて感じもよく、仕事で成功を収めており、一般的に言えば超理想的な結婚相手です。長年交際した彼女とは結婚に踏み切れず、結果フラれてしまったという過去があり、マッチングアプリの婚活も数はこなせどピンと来ない日々。そんな中、控えめで不器用でやさしい真実に引かれてつきあい始めます。 真実は地方出身で、架とのデートは夢のようだと感激します。交際は順調ですが、1年たっても結婚の話は出ません。その頃、架は真実からストーカーの存在を告白されます。さらに真実の家にストーカーが侵入したらしい事件が起こり、架は真実の身の安全を心配して同居を始め、婚約するのでした。 ところが、結婚を目前に控えたある日、真実は突然姿を消してしまいます。架は訳がわからず、彼女の実家を訪れ、過去のお見合い相手や友人、同僚などに話を聞きながら居場所を探すうちに、真実がついていた嘘、そして自分が知らなかった“本当の姿”を知ることに――。 ■「私なんて……」が口癖の真実という控えめな女性に感じる"嘘っぽさ" 2023年に最も読まれた100万部突破の小説ですから、すでに原作を読まれている方も多いと思います。もとより、辻村深月の新刊は出たら必ず読むという人も少なくないでしょう。しかし、以下では原作との比較ではなく、映画は映画として語りたいと思います。 私がまず最初に真実に反感を持ったのは、明らかに結婚願望があるのに、なんとなく「結婚したがっている自分」とは距離を取っている感じとでもいいましょうか。 その違和感は、彼女の言動の端々にも滲み出ていると思いました。まず、真実は何かというと「私なんて……」「私なんか……」と口にします。「私みたいに冴えない女性を好きになってくれて」といった感じで、しばしば自分を卑下した言い方をするのですが、どこかでその言葉には信じられない響きがあるのです。 架は友人らに「真実のいいところ」を語ります。しかし、そこにもまたある種の嘘っぽさ、薄っぺらさを感じてしまうのは、同性としてのひがみ根性だと言われればそうなのかもしれません。実際に、劇中では「架が思っているような、そんな純粋な子じゃない」などと悪く言う女性たちが登場します。そういう女性たちの姿を客観的に見ると「性格が悪いな」と思うのですよね。でも、現実として真実みたいな女性を目の当たりにしたら、私もきっと似たような文句を言ってしまいそうだなあと苦笑い。 何よりも映画を観終わって、全てをわかったうえで振り返ると、やはりどんな理由があるにせよ、「一方的に姿を消す」という行為にはフラストレーションを感じます。何も言わずにいなくなれば、どれほど架が心配するか、傷つき、悩むのか。そのことに対する想像力は働かなかったのでしょうか。 にもかかわらず、Instagramのアカウントはそのままにして自分のいる場所の風景を投稿したりする。そこには探して欲しいという未練を感じてならないのですが、どうなんでしょう。合わせる顔がないといった体で身を引いたかのように見えて気を揉ませる展開を、傲慢だとするのは言いすぎでしょうか。それまでの謙虚さとは裏腹に、結局は自分のことを気にかけて欲しいという利己的な願望が強く感じられはしないでしょうか。 ■あなたの”自己評価”は、高いのか低いのか? 自己評価が低いわりにはプライドが高く、時に傲慢であると感じさせる真実。劇中、結婚相談所の所長・小野里(前田美波里)が、こんなことを言います。 「(相手に)ピンと来るとおっしゃるでしょ。あれって、その人が自分につけている値段だと思う」 自分がつきあう相手は、友人であれ恋愛対象であれ、“自分の鏡”という考え方をする人は多いですよね(私は少し異なる見解を持っていますが)。仮にマッチングアプリで複数の人に会ったとして、その相手の中から架を選んだ場合、あらゆる条件から考えてみて、先の小野里が言うように「真実の自己評価額は高い」と言えるでしょう。 もちろん、架の方も真実に好意を示したということは大前提です。しかし、架に見えていた真実は、本当の彼女ではなかった。彼女もまた、嘘=演技をしていた。恋愛において、最初から素の自分全開という人も少ないと思うのですが、そもそも架は本当の彼女を見ようとしていたのでしょうか? 本気で結婚したかったのでしょうか? 翻って、真実が嘘をついてまで結婚したかった理由とは何でしょうか? 小野里は、婚活では自分が望む人生、この先のビジョンとはどんなものなのかということが明確であればあるほどうまくいくといいます。これは、一つの真理なのでしょう。 もし今、あなたが婚活をしているか婚活をしたいと考えているとして、自分が本当に欲しいものは何なのかを明確にビジョンとして描けているでしょうか? 真実も架も、それがわかっていなかった。人生で、自分が本当に欲しいもの、自分が本当に望んでいるこの先のビジョンに具体性がなかったのです。もっとも、そういう人は多そうですよね。私も、今振り返るとそうだったのだと思います。だからこそ、真実に苛立ちを感じたのかもしれません。 本作が伝えているように、善良であることと傲慢であることは共存し得るものであり、極めて現代的な悩みであると言えると思います。親にとっていい子であり、世間的に「人並みの幸せ」を手にして、自分自身が満足できる人生を送っていると実感したいけれど、傷つきたくはない。そうした自己愛が悪いのではなく、それが叶わないことを誰かや何かに責任転嫁するような考え方、強い言葉で言えばある種の被害者意識が真実には感じられる点に問題があるのではないかと思うのです。 この映画を観て感じることは、人それぞれでしょう。真実に共感する人もいれば、架をひどい男だと思う人もいるはず。私のように真実に反感を覚える人もいるでしょう。その自分が感じたことを、映画を観終わった後でぐっと掘り下げていくと、これまで認識していなかった自分の新たな一面を知るきっかけになるかもしれません。
『傲慢と善良』公開情報
『傲慢と善良』9月27日(金)全国公開! 監督:萩原健太郎 原作:辻村深月 脚本:清水友佳子 出演:藤ヶ谷太輔、奈緒、倉悠貴、桜庭ななみ、阿南健治、宮崎美子、菊池亜希子、西田尚美、前田美波里ほか 配給:アスミック・エース ©2024 映画「傲慢と善良」製作委員会 【今祥枝/Sachie Ima】 『BAILA』『日経エンタテインメント!』『クーリエ・ジャポン』などで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。 米ゴールデン・グローブ賞国際投票者。著書に『海外ドラマ10年史』(日経BP)。