バックパッキングの旅に使っているとっておきのザック【ホーボージュンのさすらいギアエッセイ・旅する道具学】
僕らは道具について学ぶだけでなく「道具から学ぶこと」がたくさんある。そんな思いからこの連載タイトルを付けた。第1話はバックパックを取り上げる。 【写真4枚】メイン気室に加え、底部には寝袋用コンパートメントがある。アメリカの老舗パックブランド、グレゴリーの『バルトロ65』を写真で見る
第1話「インデペンデント・デイ」
◆GREGORY/Baltoro 65 山頂の岩稜地帯を抜け、森林限界まで降りてきたところで僕はこれ以上進むのを止め、今夜の寝床を探すことにした。 今日は地図にあるはずの橋が増水で流されていて、徒渉のために2時間も大回りさせられた。おまけに川沿いのトレイルは泥濘がひどく、何度も転んでクタクタだった。だから一刻も早くこのグズグズに濡れた(しかもなんだかドブ臭い)登山靴を脱ぎ捨て、柔らかな草の上に大の字になりたかったのだ。 さいわいブナの森の奥に乾いた空き地を見つけることができた。そこは周りを濃密なブッシュに囲まれていて、峡谷を吹き抜ける狂暴な風をうまくかわしてくれそうだった。 僕はすでにこのクソったれな風にテントポールを一本へし折られていた。補修用スリーブとダクトテープでなんとか直すことはできたが、もう潰れたテントの中で汲々と夜明けを待つのはゴメンだった。その点ここなら安心して眠れるだろう。 「よし、今日はここをキャンプ地にしよう」 僕は背中のグレゴリーを地面に降ろすと、ボトムコンパートメントからテントとグラウンドシート、そして底のすり減ったビーチサンダルを取り出した。まずは重たいブーツを脱ぎ捨て、満身創痍の足を救出してやる。そして軽くストレッチをすると、テント設営にとりかかった。 (テントを立てたら薪拾いに行こう。そのあいだに夕食のインディカ米を浸水しておかないとな。いや、その前にさっきの沢まで降りて汚れた靴下を洗ったほうがいいかもしれない……) そんなことを考えながらテントをペグダウンし、ガイラインを灌木に縛り付ける。何週間も野宿の旅を続けていると、非日常のはずのキャンプも日常になる。考えるのはメシや洗濯のことばかりなのだ。 でもこんなふうに「衣・食・住」のすべてを背負い、長い旅をするのが僕は好きだ。テントと寝袋があればロッジや山小屋がなくても夜が越せるし、ストーブとクッカーがあれば食堂がなくても温かい食事にありつける。そしてレインウェアと保温着があれば、冷たい風雨の中でもめげずに進める。いつでも、どこでも、どこまでも、行きたいところへ行けるのだ。 いや、別に行かなくたっていい。そこに留まってもいいし、なんなら引き返してもいい。そんな選択肢も掌の中にある。 つまり「自由」なのだ。 自己完結しているからすべてを自分が決められる。重い荷物を背負うのは肉体的にはつらいが、精神的には清々しい。このインデペンデントな感じが僕は好きだ。 * そんなバックパッキングの旅に僕が使っているのが、グレゴリーの『バルトロ65』だ。 ご存じのとおり、グレゴリーは’70年代のバックパッキングムーブメントを牽引したアメリカの老舗パックブランドである。 Don’t Carry,Wear it. (背負うのではない。着るのだ) という同社のデザイン哲学は当時センセーションを巻き起こし、その後のパックデザインに大きな影響を与えた。 バルトロはそんな同社の旗艦モデルで、2006年に先代の『トリコニ』シリーズの跡を継ぐ形で登場した。その後18年間に5回のアップデートを受け、現在は第6世代になっている。 僕は歴代モデルをすべて使ってきたが、現行モデルが一番好きだ。フレームがフレキシブルになって体との一体感が高まったし、背面がメッシュになり、通気性も劇的に向上した。 もちろんフィッティングの良さはいまも無双だ。ひとつのモデルにS、M、Lの3サイズを用意し、さらにトルソー(背面長)が上下3インチの範囲で調整できる。だからどんな体形のユーザーにもフィットするのだ。 そしてパックデザインはもはや完成の域に達したと思う。伝統の二気室構造や汎用性の高い大型メッシュポケット、瞬時に開閉できる開口部など、全体に使いやすさが満ちている。 前述したようにバルトロは何度もアップデートを重ね、ユーザーからのフィードバックを反映させてきた。いわばこのパックには“旅人の集合知”が宿っている。これこそが僕が30年以上にわたりグレゴリーを愛用し続けてきた理由なのである。 * いまはULパック全盛の時代だ。右を向いても左を向いてもセイルクロスやシルナイロンを使ったペナペナのパックで溢れている。そんな中で見るとバルトロは大きく、重く、なんだかとてもオールドスクールに見える。それはまるで今も長髪・ヒゲ面で 『マイ・ヒーロー』を絶唱し続けるフー・ファイターズのデイヴ・グロールみたいだ。 でも僕はそんなバルトロがやっぱり好きだ。コイツを背負っていると独立心が湧き上がってくる。自分の足でこの星に立ち、自分の足でこの道を拓いている、そんな気がしてくるのだ。 だから君よ。インデペンデントな旅をしよう。 衣食住のすべてを背負い、自分の足で歩いてみよう。 まずは1泊でも2泊でもいい。行き先だって、どこでもいい。すべてを自分で背負ってみる。そしてすべてを自分が決める。そんな旅に出かけよう。 その日こそが、君のインデペンデント・デイ(独立記念日)になるのだ。 ホーボージュン 大海原から6000m峰まで世界中の大自然を旅する全天候型アウトドアライター。 ※撮影/中村文隆 (BE-PAL 2024年10月号より)
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