高級車市場に殴り込み! “レクサス”とともに誕生した「セルシオ」を深掘り【歴史に残るクルマと技術056】
1980年代の日本経済がバブル景気の絶頂期を迎えた1989年=平成元年、トヨタはクラウンよりもさらに上級の大型高級セダン「セルシオ」を発売した。セルシオは、その1ヶ月前に米国で立ち上げた高級車ブランド“レクサス”の設立に合わせて発売された「レクサスLS400」を日本に投入したモデルだ。 TEXT:竹村 純(Jun TAKEMURA)/PHOTO:三栄・セルシオのすべて、他すべてシリーズ、clicccar海外向けの高級車ブランド“レクサス”を設立 トヨタ・セルシオの詳しい記事を見る 1980年代後半、バブル景気で絶好調だった日本メーカーは、まずホンダが1986年に海外向け高級車ブランド“アキュラ”を米国で立ち上げ、1989年にはトヨタが同様の高級車ブランド“レクサス”、日産自動車が“インフィニティ”を設立した。小型車の成功で世界を席巻した日本車だが、“安くて丈夫”といったイメージを払拭し世界の高級車市場に参入するには、高級ブランドの立ち上げが必要だったのだ。 レクサスのクルマづくりは、メルセデス・ベンツやBMWに対抗するため、それまでのトヨタ車とは一線を画し、すべての製造過程の加工精度を上げ、特別な塗装と厳選された高級素材を使用するインテリアも、国内モデルとはまったく異質なものとした。 レクサスの設立と同時にデビューという重要な役目を任されたのが「レクサスLS400」であり、その1ヶ月後にセルシオの車名で日本にも投入されたのだ。 クラウンを超える大型高級セダンを目指したセルシオ セルシオは、クラウンでは満足できなかったユーザーに、センチュリーとクラウンの中間に位置する高級セダンを提供するのが狙いだった。そのため、特に欧米の高級車に負けない質感や乗り心地、静粛性が重視された。 高級セダンらしい重厚なスタイリングと鏡面のような輝きを放つボディ、豪華なインテリア。パワートレインは、最高出力260ps/最大トルク36.0kgmを発揮する新開発の4.0L V8 DOHCエンジン(1UZ-FE型)と、最新仕様のETC-i制御4速ATの組み合わせ。 足回りは、4輪ダブルウィッシュボーンで、標準モデル(A仕様)にはコイルスプリング式、上級モデル(B仕様)にはダンパーの減衰力を自動調整できるピエゾ式電子制御サスペンションを組み込み、さらにフラッグシップモデル(C仕様)には電子制御エアサスペンションを採用し、高級車らしい快適な乗り心地を実現した。 車両価格は、455万円(A仕様)/530万円(B仕様)/550万円(C仕様)/620万円(C仕様Fパッケージ)。ちなみに、当時の大卒の初任給は16.4万円(現在は約23万円)程度なので、単純計算では現在の価値で最も安価A仕様が約638万円に相当する。 セルシオは、メルセデス・ベンツやBMWの高級車と競合できる初めての国内モデルとして大きな注目を集め、高級車としては異例のヒットとなった。最も売れたのは、なんと620万円のフラッグシップ仕様だったが、それでもメルセデス・ベンツやBMWの高級車に比べればコスパに優れ、お買い得だった。 日産からライバルのインフィニティQ45がデビュー セルシオ発売と同じ1989年、インフィニティブランドを立ち上げた日産も、セルシオに対抗する大型高級セダン「インフィニティQ45」を発売。グリルレスの個性的なフロントマスクや見る角度によって色合いが変わる“トワイライトカラー”、優しく包み込むような曲線基調の室内空間により、セルシオに負けない高級感と質感をアピールした。 レクサスを上回る最高出力280ps/最大トルク40.8kgmの4.5L V8 DOHCエンジン(VH45DE型)を搭載し、動力性能やスポーティさで優れていたインフィニティQ45だった。が、セルシオの重厚なスタイリングや静粛性、高級車らしい乗り心地では敵わず、販売面では後塵を拝した。 米国でブランドを築いたレクサスだが、欧州では苦戦中 記念すべきレクサスブランドの先陣を切ったLS400(セルシオ)は、日米で好調な販売を記録し、トヨタの高級車市場への参入は成功となった。ただし、長い伝統を持つメルセデス・ベンツやBMWなど多くのライバルメーカーがしのぎを削る欧州では、苦戦を強いられた。 また当時は、セルシオ以外にもGSは「アリスト」、ESは「ウインダム」、ISは「アルテッツァ」と、2005年の日本でのレクサスブランド開業までレクサス名とは違う車名で販売された。そのような状況下で2005年、日本でもついにレクサスブランドが開業、これを機にレクサスの各モデルは日本市場でも海外と同様の名称に統一され、セルシオやアリストといった車名は消えた。 LS400からスタートしたレクサスは、今ではSUVからクーペ、ハッチバックなど多彩なラインナップを揃えた一大ブランドに成長。日本では、街中でも多く見かけるようになり、高級車ブランドとしての地位を固めつつある。 ただし、本来の目標であるメルセデス・ベンツやBMWなどと対等なブランド力になるためには、もう少し時間がかかりそうだが、着実にさらなる高みを目指して成長している。 セルシオが誕生した1989年は、どんな年 1989年は、バブル全盛期ということもあり、セルシオの他にも多くの注目されたクルマが登場。マツダの「ユーノス・ロードスター(NA型)」や日産自動車の3代目「スカイラインGT-R(BNR32型)」、スバル「レガシィ(BC/BF系)」などである。 ユーノス・ロードスター(NA型)は、手頃な価格で軽快な走りが楽しめるライトウェイトスポーツとして世界中で現在も変わらぬ人気を誇る2シーターのオープンスポーツカー。16年ぶりの復活したスカイラインGT-R(BNR32型)は、2.6L直6ツインターボエンジン(RB26DETT型)を搭載し、ATTESA E-TS(電子制御式トルクスプリット4WD)とHICAS(4輪操舵機構)を装備したハイテクマシン。レガシィは、セダンはWRCで大活躍、ツーリングワゴンはステーションワゴンブームを巻き起こした。 自動車以外では、昭和天皇が崩御、消費税(3%)がスタート、中国で天安門事件が勃発、ベルリンの壁が崩壊した。「魔女の宅急便」と「バットマン」が放映され、任天堂「ゲームボーイ」が発売された。 また、ガソリン134円/L、ビール大瓶318円、コーヒー一杯336円、ラーメン436円、カレー580円、アンパン98円の時代だった。 ・・・・・・ 伝統ある欧州メーカーに対抗して、世界の高級車市場に名乗りを上げたトヨタの大型高級セダン「セルシオ(レクサスLS400)」。日本メーカーが、“丈夫で燃費が良い大衆車”だけでなく“信頼性の高い高級車”も作れることを世界にアピールした、日本の歴史に残るクルマであることに、間違いない。
竹村 純