気合は不要、信頼度が上がる「美文字」の極意
今、改めて手書き文字が見直されています。文字を書くことで思考の整理や、記憶の強化につながるだけでなく、きれいな文字を書く人は好感度が高くなるといった効果も期待できます。美しい文字を書く意味や、身に付けるコツを日経WOMANムック『信頼度が上がる「美文字」練習帳』監修の青山浩之さんにうかがいました。 【関連画像】文字を書くことは記憶の強化にもつながる ●「美文字」はビジネスパーソンに心強いコミュニケーションツール 私は横浜国立大学で教師を目指す学生たちを指導するとともに、文部科学省検定教科書の手本の執筆・編集、また、書家としても活動し、手書き文字や美文字の研究を行っています。今回は8年ぶりに日経WOMANの美文字ムックシリーズ『信頼度が上がる「美文字」練習帳 新装版』(青山浩之 監修/日経WOMAN 編、日経BP)を刊行しました。年賀状やクリスマスカード、年末年始の挨拶など文字を書くことが多くなる季節、改めて美文字についてお話ししたいと思います。 さて昨今、日々の連絡といえばパソコンやスマホのメール。文章もパソコンで入力し、手で文字を書く機会が減っているのではないでしょうか。しかし、「手書きの機会が皆無」という人はいないはずです。職場でちょっとした伝言や宛名を書くことは手書きが多いでしょう。 私たちは美しい文字で書かれた伝言メモや手紙を受け取ると、心地よい感じやうれしい気持ちになります。また、「字がきれいな人」に対しては「仕事に真摯に取り組んでいる」「整理整頓が得意」「品が良くて、相手を気遣うことができる」「自己管理ができる」「丁寧な暮らしをしている」などといった印象を持ちます。 必ずしも実像がその通りとは限らなくても、きれいな文字を書く人は好感度が高くなります。つまり、美文字はビジネスパーソンにとって心強いコミュニケーションツールなのです。もちろん、文字を書くことで思考を整理したり、記憶の強化につながったりしますから、仕事の実務においても欠かすことはできません。 ●思いを伝える手書き文字 文化庁では毎年「国語に関する世論調査」を行っていますが、2014年に「文字を手書きする習慣をこれからの時代も大切にすべきであると思うか」についてたずねた調査では91.5%の人が「大切にすべきであると思う」と答えました。また、「今後の手紙のあるべき作法」についてたずねた2004年の調査では「今後もなるべく手書きで手紙を書くようにすべきである」と答えたのは47.8%、「今後は手紙も手書きにこだわらないようにすべきである」と答えたのは24.8%。2012年度の調査で同じ質問をしたところ、「今後もなるべく手書きで手紙を書くようにすべきである」と答えたのは50.2%、「今後は手紙も手書きにこだわらないようにすべきである」と答えたのは25.8%でした。 パソコンやスマホが急速に普及した時期であっても、「手書き」を大事に思う人は多く、また手紙は手書きでと思う人は増えていたのです。さらに現在ではデジタルツールやSNSは「つながるためのもの」、手紙や手書きの文字は「思いを伝えるもの」と使い分けが進んでいるように思います。 古来、日本では文字を書くことを「手習い」といい、ただ文字を覚えるだけではなく、美しく文字を書くことを大事にしてきました。最近では大河ドラマ『光る君へ』で紫式部や清少納言、藤原道長など貴族たちの書道シーンも話題となりましたが、これからも日本人の美しい文字に対する思いは続いていくと思います。 ●「美文字を書かねば」の呪縛から逃れるには その一方で「きれいな字が書けない」「自分の字がコンプレックス」と悩んでいる人もいるかもしれません。 私は美文字を研究していますが、「いつ何時も美しい文字を書くべき」だとは言っていません。決して、「お手本のような美文字を書かねば」ととらわれる必要はないのです。では、「美文字とは何か」というと、「相手が心地よく読んでくれる文字」です。例えば、職場のデスクに「○○の件、ありがとうございました。取り急ぎ、お礼を申し上げます」と少し急いで書いた文字で書かれた付箋が残されていても、それがお手本のような文字でないからといって「伝言を書きなぐったな」とは思いませんよね。むしろ、相手が時間のないなかでも感謝の気持ちを伝えてくれた、その心の動きや臨場感が感じられてうれしいはずです。文字によってお互いの気持ちがつながり合うのが、日常の「美文字」なのです。 ただ、「やっぱり美しい文字を書きたい」と切実に願う人もいるでしょう。 美文字を書くにはひらがなと漢字で美しく書くためのコツが違うなど、いくつかポイントがありますが、まず「書き慣れている」のが大前提です。 手書きの機会が減り、いざ文字を書こうとしたら漢字が思い出せない、「自分の書く文字ってこんな字だったっけ?」となるのは感覚が鈍っている証拠。また、美文字を書くために大切なのは運筆力(文字を書くときに筆を運んだり、筆圧をコントロールしたりする力)です。手帳でも日記でもいいので、普段から手書きで文字を書くことによって運筆力を維持し、衰えを防ぐことができます。 リズムよく筆を運ぶことも大事です。流れるように一画を書き、その線と線が結びつくことで美しい文字となります。さらに筆圧のコントロールも重要で、ずっと同じ筆圧で書かれた文字は単調で硬い印象を与え、美しさを感じにくいと言えます。また、書いた文字の中心をそろえると文字列が整い、文章にしたときの美しさが際立ちます。 文字は「とにかく練習あるのみ」と気合で練習しても上達しません。「美文字」練習帳を活用し、美文字を書くための知識、理論を身に付けるのも必要です。 最近ではタブレットに手書き文字を書く機会もふえています。ちなみにタブレットに文字を書く場合は、指先よりもApple Pencilなどタッチペンがお薦めです。最近は筆圧を感知するペンも多く、機能が向上しました。手書き向きの保護シートも登場するなど、タブレットなどに手書き入力する環境も整ってきました。さらに握りやすくするためのペングリップなどを使うと、タブレット上でもきれいな文字を書きやすくなります。 次回は実際に美しい文字を書くコツ、お薦めの筆記用具、「左利きでも文字は上手に書ける?」などの質問に答えたいと思います。 取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也