風景の見方を変えるドキュメンタリー「占領都市」…アムステルダムの日常から発掘される恐怖の記憶
見れば、風景の見方がこれまでと一変してしまうかもしれない。公開中の「占領都市」は、そんなドキュメンタリー。現在のオランダ・アムステルダムの平穏な光景を次々と映し出しながら、それぞれの場所に堆積している過去、第2次世界大戦中にナチス・ドイツの占領下に置かれた時期の記憶をあぶり出す。監督は、米アカデミー賞で作品賞などを受賞した「それでも夜は明ける」のスティーブ・マックイーン。過去をすぐそこにあるものとして、ありありと体感させる野心作だ。(編集委員 恩田泰子)
ある出来事や人物の記憶を後世に伝えるために、人間はモニュメントをたてる。だが、この映画が映すのは、そうした場所ではなく、普通の人々が、普通に生活している場所。その現在の様子だ。
レンガづくりの建物、子どもたちが遊ぶ公園、さまざまな憩いの場所……。今は穏やかに見える場所も、1940年代前半、ナチス・ドイツ占領下ではまったく違っていた。その頃、そこにいた人々はどのように自由や命を奪われていったのか。アンネ・フランクのように、この街から強制収容所へ移送された多くの人々は、どんな運命をたどったのか。
本作は、さまざまな場所を巡りながら、かつてそこで何があったのかを、端正な映像と、湿り気を排したナレーションをもって克明に伝えていく。4時間11分にわたって、繰り返し、繰り返し、繰り返し。目には見えない過去の発掘作業を重ねていくかのように。その繰り返しの中で観客は体感していくことになる。私たちが生きている現在は、そうした過去とつながっているのだと。
映画の基になっているのは、アムステルダムに育った歴史家・文化批評家、ビアンカ・スティグターの著書「Atlas of an Occupied City(Amsterdam 1940―1945)」(2019年刊行)。スティグターの夫で、アムステルダムを第二の故郷として暮らすマックイーンは、35ミリフィルムで130か所にも及ぶ場所を撮影。占領都市のアトラス(地図帳)をこれまでにない形、スケールで映画にした。