<ザ・ビートルズ: Let It Be>大衆音楽の潮流を変えた伝説のバンド…半世紀ぶりによみがえった作品に感慨
ザ・ビートルズ解散までの歩みを描いた1970年製作のドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ: Let It Be」が、50年ぶりにフィルムから映像・音響の修復を経て5月8日に配信された。同作は、1969年1月に行われたセッション(ゲット・バック・セッション)と、彼らの最後のライブ・パフォーマンスとなった「ルーフトップ・コンサート」の模様を記録したドキュメンタリー映画だ。今回、音楽をはじめ幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が本作を視聴し、独自の視点でレビューする。(以下、ネタバレを含みます) 【写真】音楽を楽しむ姿、メンバー間の隙間風…解散までの歩みを描いた「ザ・ビートルズ: Let It Be」 ■伝説の作品がよみがえった! マイケル・リンゼイ=ホッグ監督の1970年製作のドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ: Let It Be」が50年の時を経てよみがえった。まさに「真打登場!」といえばいいか。「これがあの伝説的な作品なのか! ついに見ることができたぞ!」という感慨を、恐らくここ3~40年の間にザ・ビートルズのファンになった方のほとんどがお持ちになるはずだ。 自分の年輪を明かすようで少々気恥しいのだが、私は1970年代後半に親戚のお兄さんの影響でビートルズ(当時はザ・抜き表記が普通だったはず)のファンになった。いや、“ウィングス”を率いていたポール・マッカートニー、他にジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、最近新作が出ていないジョン・レノンの音楽それぞれに関して彼を経由して覚え、つい数年前まで4人が“ザ・ビートルズ”というバンドを組んでいたことを知った、と言えば正しいか。 その数年後にあの1980年12月8日(日本時間では9日)が訪れる。私がジョン・レノン射殺事件を報じるニュースを見たのは9日夕方だったと思う。この1980年末の日本は「漫才ブーム」の真っただ中で、毎日のように漫才系のテレビ番組が放送されていた。西川のりお・上方よしおなどいくつかのお笑いコンビがジョンやビートルズを漫才の題材に取り込んでいたと記憶する。 ジョンの死後いくつもの追悼特別番組が放送された。女性歌手シラ・ブラックなども出ていたモノクロのライブ映像、1966年の武道館公演、映画では「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」「ヘルプ!4人はアイドル」(いずれも当時の邦題)、「ザ・ビートルズ: Let It Be」(当時の邦題は単に『レット・イット・ビー』だったはず)が流れたことは間違いではないと思う。 映画の会話部分に関しては日本語の吹き替えだったような気もするが定かではない。面白いなと思って楽しんだ一方、「レット・イット・ビー」には淋しさを感じた。メンバーの間を風が通り抜けているような感じで、「終わるしかなかったんだな」と思った。実際のところは、ここに収録されているスタジオ・セッションで数々の新曲を生みだし、ガッチリと力を合わせなければ出来上がるわけもないほど緻密な「アビイ・ロード」という傑作もものにしていて、さらにいえば彼らが法的に解散したのは1975年1月のことなのだが、当時の自分はそれを知る由などない。 もっといえば、長く生きているためにレーザーディスク→ビデオテープ→DVDといったソフトの変遷に立ち会うこともできたものの、私は「ザ・ビートルズ: Let It Be」の国内盤公式ソフトを目にしたことがない。テレビで見てからずいぶん長い間、大昔に脳内に刻んだ、スタジオのどんよりした風景や、寒かったに違いない“ルーフトップ・セッション”の図を思い浮かべながら、アルバムのほうの「レット・イット・ビー」を聴いていた、ということになる。 そんな悶々とした日々を突如突き破ったのが、ピーター・ジャクソン監督による2021年の作品「ザ・ビートルズ: Get Back」だった。1970年に制作されたマイケル・リンゼイ=ホッグ監督「ザ・ビートルズ: Let It Be」の元となった膨大なマテリアルを、約8時間にまとめあげた超大作である。逆に言えば「ザ・ビートルズ: Let It Be」の80数分があったからこそ、その全容に迫りたいとスタッフが動き、最新の編集技術を施した上で、「ザ・ビートルズ: Get Back」が世に出たのだろう。 ■やっぱり音楽、バンドっていいなあ 私が「ザ・ビートルズ: Let It Be」を見たのはもう40数年ぶりだ。自分もその間に年をとり、バンドも組んだし会社組織でも働いて、誰かと何かを作り上げることの達成感も難しさも知ったつもりだ。作品は残っていくものだから、いい加減には済ませられない。いいものを作ろうと思えば口論に近い状態になることもあろうし、憎まれ役のポジションにならざるを得ないときだってあるだろう。だがやっぱり歯車が合えばごきげんなグルーヴが生まれてきて、メンバーの表情に「音楽っていいなあ、バンドっていいなあ」的笑みが浮かぶ。 特別参加したキーボード奏者のビリー・プレストンも素晴らしいプレイを提供していることはもちろん、よきムードメーカーにもなっている。年を取ってから見る末期ザ・ビートルズは実に興味深い。なのだが、考えてみたらこの時期、ビートルズもプレストンもまだ20代だったのだ。 ジョージがリード・ボーカルをとる「フォー・ユー・ブルー」における4人の統合感(ジョンが奏でるスライド・ギターのかぐわしさ)、ポールとリンゴが一台のピアノで奏でる弾むようなブギウギ(国際的には、このサウンドこそ“ブギウギ”)、傑作バラード「レット・イット・ビー」と「ロング・アンド・ワインディング・ロード」の2連発、そこからルーフトップ・セッションまで、「こんなにスピード感のある編集だったのか」と驚かされたり、使われている機材やマイクに目が行ったり…さらにいえば「ザ・ビートルズ: Get Back」には入っていない、「ザ・ビートルズ: Let It Be」ならではの“核”と言えるシーンもある。つまりザ・ビートルズの場合、大は小を兼ねない。そこにジャクソン監督の、リンゼイ=ホッグ監督および「ザ・ビートルズ: Let It Be」へのリスペクトを感じるのは私だけではないはずだ。 映画本編に入る前に、監督2人の対談が挿入されている。これがまた心を熱くさせる。大衆音楽の潮流を“ザ・ビートルズ以前と以後”に分けてしまった4人の、(図らずとも)白鳥の歌となったセッション群を、鮮明な画質と音質で鑑賞できるのはいち音楽ファンとしても本当に本当に喜ばしい。 ドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ: Let It Be」は、ディズニープラスのスターで配信中。 ◆文=原田和典