『虎に翼』のクオリティを担保した“画面演出” 随所に見られた映像的な工夫を振り返る
「朝ドラ」ことNHK連続テレビ小説は、ナレーションと台詞で物語が進行することに特徴がある。 【写真】“不平等”を壁の憲法条文を用いて視覚的に強調したショット 朝ドラの前身はラジオ番組で、小説を朗読する「連続ラジオ小説」だった。これがラジオドラマへと発展し、テレビ放送が開始されると「連続テレビ小説」となった。ナレーションを多用するのはラジオドラマ時代からの流れを引き継いでいるからで、このスタイルが朝の忙しい時間帯に「ながら視聴」するのにも適していることで、今日でも踏襲されている。 そのため、朝ドラは台詞とナレーションで全てが説明されていると思われる向きもある。しかし、実際には言葉に頼らない豊かな映像表現も随所に見られる。現在放送中の『虎に翼』も巧みな映像表現が見られ、それが本作の質を高めることに貢献している。 朝ドラの画面演出について言及されることは少ないが、こうした演出の巧みさに注目すると、一層作品を深く楽しめるようになる。ここでは、いくつか例を具体的に挙げて、『虎に翼』演出陣が脚本をどう解釈し、画面で表現しているのかを見てみよう。
第11週「女子と小人は養い難し?」第54話/演出:梛川善郎
11週では主人公・寅子(伊藤沙莉)が家庭裁判所設立に向けて奔走するエピソードが描かれる。主舞台は、掘っ立て小屋のような家庭裁判所設立準備室で、スケジュールに追われながら作業している。 ここで寅子の同僚となる汐見(平埜生成)というキャラクターが登場する。上司の多岐川(滝藤賢一)と酔いつぶれた汐見を自宅に送ると寅子は、大学時代の同窓生・崔香淑(ハ・ヨンス)と再会、しかし彼女は今は汐見香子と名乗っていた。 翌日、寅子はその理由を汐見から聞かされる。この時、机を挟んで向かい合う寅子と汐見の間に、白紙に描かれた日本地図が画面中央に配置されている。脚本上では、寅子が準備室に入ってくると、一連の会話がそのまま始まり、2人が改めて座るようには指定されていないし、美術や小道具の指定もされていない。 ここで話される内容は、香淑の兄・潤哲(ユン・ソンモ)が労働争議で逮捕され、その予審判事を多岐川が務めたことで香淑と出会ったこと、そして、結婚を猛反対され勘当されたことなどだ。汐見は「香子のご家族のことは責められない、僕は彼女のお兄さんにひどいことをした国の人間なんだから」と言う。 そうした日本と朝鮮の歴史を背景に汐見とヒャンスクの結婚があったことが明かされる。この会話の中央に日本地図が配置されることによって、この差別と偏見は日本の国に存在する問題なのだということを強く印象づける。 多岐川は、「この国に染み付いている香子ちゃんへの偏見をただす力が佐田くんにあるのか?」という。白紙でまだ汚れひとつない日本地図を画面中央に見せることで、見えない偏見がこの国に染み付いているのだと印象づけることに成功している。