埋めきれなかった光と影。「日本最後のイチロー」はスタメン決定の開幕戦で奇跡を起こせるのか?
ボールを止められない打撃技術の狂い
しかし、守備力という光をアピールする反面、バッティングの影はついに晴れなかった。 3回の第1打席は、育成出身の巨人のホープ、坂本工宜の143キロのインハイストレートにどん詰まりの一塁ゴロ。4回一死二、三塁に巡ってきた第2打席では、左腕、戸根千明がカウント2-2から低めにコントロールしたスライダーに手が出なかった。どちらかと言えば体に近い変化球に対して腰を折ったような姿で見送ったのである。 おや?と思った。イチローはストレートにタイミングを合わせているように見えた。日米通算4367本安打のカリスマは、こういう場面では、逆の対応をしてきた。遅いボールに合わせておき、速いボールを簡単に処理するのだ。だが、この打席のイチローは、その前に投げられたインサイドのストレートの残像に振り回されていた。本来はファウルを打ちながら、そういう残像を消していくのだが、上体が前に突っ込むから見極めができず、残像が消えないのだろう。 第3打席は、7回の先頭である。マウンド上の投手は、4年目の“ドラ1”桜井俊貴。1-1から変化球にバットが空を切り、続く低めの140キロのストレートにタイミングが合わずに片手打ち。力のない打球は前進してきた丸佳浩のグラブに収まった。 ついに24打席ノーヒット。打率は.065まで落ちた。最悪を脱しきれないまま2試合の公式戦に突入することになったのである。 某球界OBに本音でイチローの現状を聞く。 「ボールを止めて打つのがイチロー。でも、ボールが止まらない。スウェーした上体が止まらずに流れてしまうので、どうしてもボールと衝突するような動きになってしまっている。そうなると、ボールをとらえるポイントが決まらない。イチローとは思えないバッティングだ。彼は振り子に始まり、体を動かしながら、バットの根本から先までを長く使い、ボールをとらえてきたが、必ずボールを止める“間”は作ってきた。それがないのだ。キャンプで体を少し沈ませる打撃フォームに変えたようだが、今も、その名残があり、少し沈む分、対応が、遅れて差し込まれる。1年以上も生きたボールを打っていないのだから、試合勘も体の反応も鈍る。おそらくボールを止めるため、下半身の粘りを感じたくて打撃フォームを変えたのだと推測するが、そう感じる時点で、イチローは衰えたのかもしれない。なぜ昨年マイナーで試合に出ておかなかったのか。これだけの選手を分析するのは失礼だし、彼自身が原因はわかっているだろう。でも、それができない。プロ野球界では1本出れば変わるというジンクスがあるが、そういうレベルにないように見える」 かつて“神様”と呼ばれた故・川上哲治氏は「ボールが止まって見える」と、打撃極意を語ったそうだが、日米で数々の記録を塗り替えてきたイチローは「ボールを止めて打つ」。それは感覚の世界さえも凌駕した究極の技術論である。だが、その確かな打撃技術が19年目の開幕を目の前にして狂っている。原監督は「本来のバッテイングは、本人が一番わかっているところ」と言った。おそらくそうなのだ。こういう不振のメカニズムのすべてをイチローは理解している。なのに修正ができない。だから問題は一層、根深いのである。