数学的見地から、生物多様性の保全をはじめとする社会課題の解決へ
中村 健一(明治大学 研究・知財戦略機構 特任教授) さまざまな現象を方程式などの数学的な形で表現する数理モデル。中でも、生物の個体群の大きさが時間的・空間的にどう変動するかを捉えるのが「個体群動態モデル」です。生物の大量絶滅が問題となっている今、豊かな生態系を守るためにはこうした知見が欠かせません。幅広い社会課題への応用が期待される、数学の真価に迫ります。 ◇生物間の相互作用を捉える、個体群動態モデルとは 現在、地球には約175万種もの生物が存在しています。未知のものを含めれば900万種類近い生物が生息しているというデータもあり、その数は計り知れません。しかし、気候変動や環境汚染、動植物の乱獲、森林伐採、外来種の侵入など、さまざまな要因によって、直近50年の間に生物の個体数は約7割減少。年間にして4万種もの生物が絶滅を迎えているといいます。 生物多様性の保全は、持続可能な社会の実現にも結び付いており、世界規模で取り組むべき重要なテーマです。この課題に対して数学研究者が行える方策のひとつに、個体群動態モデルを使った数理生物学的アプローチがあります。個体群動態モデルでは、生物の個体群の大きさ(個体数や生物量、密度など)が時間・空間的にどのように変動するかを、数式を使って表します。モデルを使って生物の振る舞いを予測することで、生物多様性の保全に向けて有効な手だてを考えられるようになるのです。 生物間には、さまざまな相互作用があります。同じ餌を求めて争ったり(競争)、利害が一致して共存したり(協調)。あるいは「食べる」「食べられる」(捕食・被食)といった関係も存在します。 これらの現象を表す数式の一つが「ロトカ・ヴォルテラ方程式」と呼ばれるもので、約100年前に提案され、今ではあらゆる生態学のテキストで紹介されている代表的な個体群動態モデルです。もともとは捕食・被食の関係にある生物の個体数の変動を捉えるものでしたが、その後、競争関係にある生物を対象とした別のモデルが派生しました(ロトカ・ヴォルテラの競争方程式)。 その後も生物の相互作用を記述する数々のモデルが派生していき、今日に至るまで、多生物種の共存可能性など、生物多様性の保全につながる有用な知見を生み出しています。