シリア・アサド政権崩壊 国民の多くは祝福ムードだが…アラウィー派男性が明かす”見えない恐怖”
11月末にシリア北西部から南部への進攻を開始したイスラム教スンニ派主導の反政府勢力「ハヤト・タハリール・アル・シャーム(HTS)」は12月8日、首都ダマスカスで勝利を宣言した。 【画像】壮絶な内戦が…戦禍のシリア「現場写真」 バッシャール・アル・アサド大統領は同日の早朝に出国し、同日夜にはロシアのメディアがアサド氏が家族とともにモスクワにいると報じた。 半世紀以上続いた独裁政権の崩壊を受け、国民の多くは祝福ムードに包まれている。だが一方で、先行きに不安を感じる人や、新政権に対して懸念を抱く人も少なくない。 シリアでは2011年、反政府派の市民による民主化デモを政府軍が武力弾圧したことで、内戦が勃発。以降、13年にわたり国内で紛争が続き、50万人以上が死亡、国内に避難した難民の数は約670万人に及ぶ。 シリアの国民の7割以上がイスラム教スンニ派で、シーア派の分派である少数派のアラウィー派が約1割強、その他キリスト教徒などもいる。アサド一族はこのアラウィー派出身で、政府や軍、警察など権力の中枢にはアラウィー派の人が登用されてきた。 アラウィー派の市民は、今回の政権打倒をどう捉えているのか。ダマスカスで身を潜める男性に話を聞いた。 ◆「飢えたくなければ軍に入って戦え」と言われてきた アブダラー・ザイド氏(31)は、シリア北部ハマ出身で、アサド氏と同じアラウィー派だ。貿易会社に勤め、内戦中にはハマからアレッポ、ラタキア、イドリブなど北部の地域を転々としたが、2017年以降はダマスカスに身を置いている。 「アサド氏と同じアラウィー派でも、政府の恩恵が受けられるのはごく一部。大半のアラウィー派は飢えに苦しんできた」 飢えたくなければ軍に入って戦え、そう言われていたという。実際、アブダラー氏の兄弟も、そうした理由から軍務に就いた。 内戦下のシリアでは、国中の至るところに検問所が設置されていた。宗派による分裂は根強く、スンニ派とアラウィー派は同じ市内でも住む地域が隔たれていた。 通行者は身分証のチェックや簡単な質問を受けるが、どの地域に居住しているか、どこから移動してきたか、といった情報で通行者の属性を予測できてしまう。買い出しなどのちょっとした移動でも、拘束される危険が伴う。 私自身、過去に数回内戦下のシリアを取材してきたが、アラウィー派の人物に取材をするのは今回が初めてだった。反政府派の協力を得て取材をしていたため、インタビューの対象はスンニ派や、もしくはキリスト教徒だった。移動できる範囲も、反体制派が支配する一部の地域に限られた。 スンニ派である反体制派の戦闘員たちは、キリスト教徒のコミュニティーには物資支援などを行っていたが、アラウィー派のことは「異教徒」扱いだったため、支援を行うことはなかった。アラウィー派が政権支持派と同一視されていたことも、その理由の一つだ。 内戦中は外国の人道支援団体が物資や人道支援などを続けてきたが、その多くが反政府勢力の協力の下で行われていた。反政府派が大部分を支配する地域では、アラウィー派の居住地域への物資支援が滞ることも多かったのだという。 「アサド政権の汚職や戦争犯罪には、正直なところ、批判的な考えだった。だが、内戦下のシリアでは、政府派か、反政府派か、のいずれかを選ぶしかない。 アラウィー派の私にとって、反政府勢力は脅威の存在であり、メディアでも一部の戦闘員らによる暴力が日々報じられていた。 政府を支持しているほうが身の安全を確保できると信じ、建前では政府を支持していた。とにかく、自分と家族の身を守ることで、精一杯だったんだ」 アブダラー氏が得ていた情報は、全て政府系メディアから発信されたものだった。市民への攻撃や暴力を映した動画や写真は「反体制派による非人道的な行為」として報じられ、自分も同じ目に遭うのではと怯える日々だったという。 独裁政権が敷かれていたシリアでは、テレビやラジオ、新聞などのメディアコンテンツは全て、政府による検閲や情報操作が行われていた。 「HTSは、アルカイダ系。つまりテロリストだ。だから12月8日に彼らが演説を行うまでは、その存在が恐怖でしかなかった。だが演説で、HTSが少数派の権利も尊重すると約束してから、少しは望みが持てるようにはなった」 アブダラー氏はそう話した後、「とはいえ、この先何が待ち構えているか分からないから、不安であることは否めない。今までより安全で、全ての人の権利が尊重される社会に変わることを祈るばかりだ」と語った。 ◆「普通の生活に戻りたいだけ」 HTSを含む反体制派は12月9日、アサド氏の故郷であるラタキアを訪れ、アラウィー派の有権者らと面会した。「全ての宗教・宗派を尊重する」というHTSらの約束を受け入れ、アラウィー派有権者らは反体制派を支持する声明に署名している。 そうした動きが、アブダラー氏のような一般市民の新政権への見解に影響を与えているのかもしれない。 「僕はただのアラウィー派。僕らのような少数派のことも尊重し、平等な権利を与えてくれるのなら、誰が政権を握っていても構わない。普通の生活に戻りたいだけなんだ」 アブダラー氏には、内務省に勤めていた家族や、政府軍の兵士だった兄弟もいる。いずれも、現在は東部や北部の地域で身を潜めているという。政府や軍関係者だった本人らはもちろん、その家族が攻撃や裁きの対象となることもありうる。 アブダラー氏は、今も「見えない恐怖」に怯えている。 取材・文:鈴木美優(ジャーナリスト)
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