【中村憲剛×上野由岐子対談 後編】3連覇を目指すロス五輪。選手、指導者どちらでいいから日本代表の力になりたい
ボールを止める、ボールを捕る。結局、基本が大事だと伝えたい
中村 9月からJOC(日本オリンピック委員会)の指導者養成講座を受講しているとも聞きました。どのような学びがありますか? 上野 毎回、新鮮ですね。コーチングって教えることじゃないんだなっていうことを感じながら勉強させてもらっています。自分の伝えたいことを語彙力で言語化するように(講習会で)言われるんですけど、思いの熱量をいかに言葉にするかが一番難しいです。 憲剛さんは指導者になられて、その点をどう感じているか、うかがいたいと思いました。指導する動画も見ているので、どんなことを考えてやっているのかを。 中村 その選手に良くなってほしい、その思いだけなんです。自分の言葉に思いが乗っかっていれば、受け取る側がそう感じてくれるんじゃないか、と。彼らが良いプレーをするために自分はサポートする立場であって、そのときに必要なことを本気で伝えています。 だから、すごく考えてとかじゃなくて、むしろ瞬発的ですね。それが思いの熱量として乗っかってくると僕は捉えています。 上野 伝えたい思いが強すぎて熱くなりすぎてしまうと、今度は言葉が聞きづらくなったり、早口になってしまったりして、ちゃんと伝わらないのかなと難しく思うときもあります。選手の立場で、監督やコーチに同じことを何回も言われると逆に入ってこないじゃないですか。憲剛さんみたいにうまくやれればいいけど、なかなか簡単じゃないなって。 中村 確かに簡単じゃないとは思います。 上野 だから私の場合、気づいたことをすぐには言わないようにしています。ちゃんと自分の頭のなかで整理して、どうやったら一番わかりやすく言えるか、(言葉を)頭に並べてから伝えるようにはしています。 憲剛さんの動画を見て、引きつけられたのは「ボールを止める」とか、「それって基本だよね」っていうことがサッカーを知らなくても伝わってくることなんです。それができないからいいプレーができないんだよって。伝え方が実にシンプル。参考にさせていただいています。 中村 それは本当にうれしい(笑)。動画の制作チームの方たちも、喜ぶと思います。 上野 ボールをちゃんと扱うってことが大事なんですね。 中村 はい。意外とその基本をおろそかにしたうえで次のステップというか、システムだったり、戦術だったりの話をするのがみんな好きなんですよね。それはそれでいいと思うし、否定するつもりはないんです。ただ、ちゃんとボールを扱えたほうが絶対サッカーは面白くなるから、適当にやり過ごさないでほしいという思いがあって。 選手がやれているだろうと思っているものは、実はまだまだ足りていないよ、と言いたくなるんです。中学生だろうが、高校生だろうが、彼らの基準の高さがここだとしたら、プロが求める基準はそこじゃなく、もっと高いここだよって伝えてあげる。それは指導するうえで心掛けていることです。基礎の積み重ねがあって、スーパープレーが生まれるものなので。 上野 どの競技も基本が一番大事なんですよね。ソフトボールにもフィードバックしているつもりです。 中村 1+1が解けないのに、掛け算をやらせるわけにいかないじゃないですか。ましてや連立方程式なんて。ちゃんと段階を踏んでいかないといけないと僕は思っています。 上野 ソフトボールも基本が最も大事です。ボールをちゃんと捕れないと投げられないんです。投げることを考えて捕りにいくと、グローブに入っているところを見なくてファンブルしちゃう。利き手じゃないほうの手でボールを取らなきゃいけないから難しい。上手にボールを取るためには、単純なんですけど、よくボールを見ないといけない。でも早くアウトにしたくて投げることを考えてしまって(目を離す)。土のグラウンドはよくイレギュラーします。 ボールを捕るプレー、次に投げるプレーと、一つひとつをつなげていかなきゃいけないのに、全部まとめちゃう選手が多いんです。順番があって、ちゃんとつながって初めて一つのプレーが完成するんです。 中村 サッカーもまったく一緒です。ボールを止める前に次のことばかり考えると、トラップミスをしてしまう。ましてやサッカーは足だし、ボールは丸いし、ミスをする確率って高いじゃないですか。いかに次のプレーに最速で移っていくかには、止めることをちゃんとやらなきゃいけない。僕はそこにこだわり続けた結果、サッカー選手としての寿命が延びました。だからそこは伝えていきたいなって。 上野 やっぱり勉強になります(笑)。