元パチプロ、ボロ負けした結果ゲームクリエイターになり、左半身が動かなくなる重病を乗り越えてインディーゲームを作る。『ちびロボ!』『城ドラ』を手がけた森山尋氏の波乱万丈すぎる半生を聞いてみた
「パチプロをやっていて、ボロ負けした帰りに偶然ゲーム専門学校を見つけ、ゲームクリエイターを志した」 【この記事に関連するほかの画像を見る】 まるでウソのようなエピソードだが、これがどうやら真実らしい。そんな奇想天外な経歴の持ち主こそが、『ちびロボ!』シリーズや『城とドラゴン』などの作品で知られるゲームクリエイター・森山尋氏である。 そのほかにも『ドラゴンリーグ』や『ドラゴンポーカー』、任天堂とタッグを組んだ『いきものづくり クリエイトーイ』といった作品を手がけ、直近では2024年3月に『モンスタークリエイト』、続けて4月には『機兵とドラゴン』と、ほぼ同時期にふたつの新作が配信を開始。自然と「多作のゲームクリエイター」というイメージが見えてくる。 電ファミ編集部ではこの新作2作が立て続けにリリースされるタイミングで、同氏のモノづくりへの姿勢や、新作の狙いをお聞きしようとインタビューに臨んだ……のだが。 いざ森山氏の経歴をうかがってみると、そのゲームクリエイター人生のはじまりは冒頭に記した通りの衝撃的なものだった。 さらには『城とドラゴン』の成功後、ユーザーからの厳しい批判の声を受ける中で仕事を続けた結果、身体の左半身が動かなくなる謎の病気を患い、退職を余儀なくされたという、ショッキングのひと言では表しきれない経験をされたことも語られた。 しかしそうした苦境を乗り越え、いまは気心の知れたメンバーと共に小さなゲーム会社でゲームづくりにいそしみ、個人クリエイターとしても活動を続ける森山氏。その背景や、新作開発の模様を振り返る中では、森山氏自身が思わず語りながら思い出し泣きしてしまうほどの心温まるエピソードも飛び出した。 というわけで、本稿ではそんな森山氏の波乱万丈すぎるクリエイター半生を振り返るとともに、新作『モンスタークリエイト』で目指したもの、そして森山氏がゲームづくりに燃やす情熱の正体へと迫っていきたい。 聞き手/TAITAI ■パチプロ時代、負けて帰る途中でゲーム専門学校に入る。異色すぎるゲームクリエイター人生のはじまり ──本日はよろしくお願いいたします。『ちびロボ!』や『城とドラゴン』をはじめとするユニークな作品を多く手がけてらした森山さんですが、今回はこれまでの経歴からお聞きしていければと考えております。さっそくですが、実際にゲームを作る道に行こうと決意されたのはいつごろのことだったのでしょうか? 森山尋氏(以下、森山氏): 実を申しますと、実はそんなにカッコよくて強い思いがあった訳ではないんです。かなり昔のことになるのですが、僕は「予備校に通う」と親に嘘をついてパチプロをやっていたんですよ(笑)。 ──パチプロを!? 森山氏: ええ(笑)。ただ、パチプロを始めてから2年ぐらいしてバブルが弾けまして。その煽りからパチンコ屋で勝てなくなってしまったんですね。 それで負けてバイクで帰る途中、信号で止まったら、たまたまそこに「バンタン電脳情報学院(現:バンタンゲームアカデミー)」という、まだでき立てのゲーム専門学校があったんですよ。 ──え、パチンコで負けた帰りに信号で止まったら、たまたまそこに学校があった……それがゲームクリエイター人生のはじまり、というわけですか? 森山氏: そうなんです(笑)。今は知らないんですけど、当時の「バンタン電脳情報学院」は恵比寿にありまして【※】。僕はもともと映画が好きだったので、映画作りをやりたかった思いがあったんですね。その時、よく考えてみたら、ゲームも映画と同じような総合芸術と言いますか、音楽にグラフィックなど、色んなものを使うところは似ていると気付いたんです。 それで、すぐに学校の中に入ってみましたら、受付の人から「入試の模試をやっていますけど、受けます?受ければ入試が免除されますよ」と言われまして、軽い気持ちで「はい!」と返しました。まあ、甘い言葉に乗っかってしまったんですね(笑)。 ──偶然の巡りあわせとは言え、ものすごい流れで入学されたんですね……。 森山氏: それで、模試を受けた後に「何科にします?」と言われまして。それで「ゲームを作るならプログラムを勉強しないといかんだろう」と思い、プログラム科に入りました。企画科などもあったんですが、やっぱりプログラムが分からないとゲームがどういう風に作られるのか分からない。まずは基礎を理解しないとマズいなと思いまして。 まあ、親には相当反対されたんですけど……。どうにか許してもらい、数学の参考書を全部買い直し、イチから勉強し直したんです。僕自身、数学は大の苦手だったんですけどね。 ──でも、ゲームがどう作られているかの基礎を理解するため、苦手な数学が必須となっても突き進んだ姿勢は素晴らしいと思います。 森山氏: とはいえ、きっかけは本当に「たまたま、そこにバンタンがあったから」という感じでした。それでプログラムの道を進んだこともあってか、心配された就職も思いのほか面接の印象がよく、受けた会社からバンバン内定をいただくような状態でした。 ただ、いざ入社してみたら自分には合わなくてすぐ辞めてしまったり、入社してすぐに会社が倒産するみたいなことが続きまして。「あー、いかにもゲーム業界っぽいなー」って思う日々でした(笑)。 それで最初に落ち着いた会社がクライマックスさん【※】ですね。『ドラゴンクエストIII』、『ドラゴンクエストIV』でメインプログラマーを務められた内藤寛さんが代表の会社です。この会社はそれなりに長く、恐らくですが4年ぐらい在籍していたように思います。 ──ということは、家庭用ゲーム機向けのタイトルを作られていたんですね。 森山氏: そうですね。僕が入社した頃はPlayStation、セガサターンが出て間もない激変の時代でした。だから3Dのゲームに関しては、昔からのベテランプログラマーよりも若いプログラマーの方がプログラムを組めてしまったりと、訳の分からなさと面白さが入り混じる時期でもあったんです。 ──キャリアのはじまりはプログラマーだったわけですね。そこから現在のディレクターやゲームデザイナーになっていくきっかけは何だったのでしょうか。 森山氏: 元々、映画監督になりたい思いからディレクターを目指していたんです。それでプログラマーの頃から企画書を書いては、何回も会社に提出したりしていたんですが……。「お前はプログラマーで、プランナーじゃないからダメだよ」みたいなことをずっと言われてしまいまして。 その後も諦めず、「俺の方が企画できるぞ!」って思いながら企画書を書き続けたんですけど、結局のところ、その会社では「プログラマーからディレクターになるのはムリ」みたいに言われてしまい、転職するんです。 ──転職を決意された後はどちらに? 森山氏: 当時、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で『レガイア伝説』【※】を作ったチームが独立したプロキオンという会社に入りました。 面接の時に「僕、プログラムしかやっていないんですけど、ディレクター希望なんでプランナーをやらせてください」と言ったら、「いいですよ」って言われたんですね。それでプランナーとして入社しました。まあ、結果的にはスクリプトをいっぱい書いたりと、プログラマーとほとんど変わらない仕事をしていたんですけど(笑)。 ──プロキオンにはどれぐらい在籍されたんですか? 森山氏: 2年ぐらいですかね。2001年のアメリカ同時多発テロ(9.11)が起きた後ぐらいに辞めちゃいました。今は全然違うんですけど……あの事件の報道を目にして、戦うゲームを作れない気持ちになってしまったんですね。それで半年ぐらい放浪したんです。 ──そこからスキップに? 森山氏: はい。ちょうど、その放浪している頃に『moon』【※】を作った西健一さん【※】に出会ったんです。それで西さんに企画書を持っていきましたら、「お前と考えていることがすごく似ているから、ウチ(スキップ)に来てみなよ」と言われたんです。 そこで最初にしたのは、スキップが任天堂と一緒に制作していた『ギフトピア』【※】の後半部分を作る仕事でした。入社前に「すぐにもできそうだよ」って言われていたんですけど……いざ入社して実態を見てみたら、全然できていませんでしたね(笑)。 ──スキップで西さんと一緒に仕事をされた時の感想と言うか、印象的だったことはありますか? 森山氏: 西さんは業界では会ったことのないタイプの不思議な人でしたので、かなりの刺激を受けましたし、勉強させてもらいました。今でも師匠だと思っています。 あと、任天堂さんと仕事したことも大きな刺激になりました。『マリオ』や『ゼルダ』で知られる宮本茂さんと一緒に仕事をされていた田邊賢輔さん【※】という方が、スキップのプロデューサーを担当されていまして。その方が宮本イズムを継承されていたので、ゲーム作りにおいてはかなりの影響を受けました。 そこで自分の中に宮本イズムと言いますか、任天堂のゲーム作りに対する考え方が叩き込まれていったように思います。 ──スキップの後、アソビズムへと移られていますが、それはどのような経緯からだったんでしょうか。スキップでは『ちびロボ!』以降も続編などを手がけられていましたが……。 森山氏: 何年か仕事をしていくにつれ、家庭用ゲーム機にさほど魅力を感じなくなった時期があったんです。それでモバイルを中心にやっていたアソビズムへ転職しました。もともとアソビズムの社長さんとは面識があり、「いつか、うちに入ったら何かやってみたいね」と前から話していたという流れもありましたね。 あと、ちょうど僕が転職するころはGREEやモバゲーも台頭してきていた、ソーシャルゲームの黎明期だったんです。 ──それまで長らく家庭用ゲーム機向けのゲームを作られていた中、モバイルのゲームを作る方向へと行くというのは、森山さんの中で何か将来性みたいなものを感じられていたのでしょうか? 森山氏: 『MAFIA WARS』【※】……でしたかね?ああいった、ひたすら稼いで強くしていくだけのゲームに対して当時、業界の人間たちは「あれはゲームじゃない!」って否定的な声を沢山あげていたんです。 でもその一方で、僕はあの作風をポジティブに受け止めていたと言いますか、衝撃だったんです。 ──その衝撃というのは? 森山氏: 「WINかLOSEかの結果だけで成立する単純なゲームがユーザーにウケている」、そのこと自体にすごく興味を持ったんです。それにガラケーって、すさまじいほど売れているゲーム機とも見て取れるじゃないですか。しかもユーザーが24時間持っているんですよ。「そんなゲーム機、今までなかっただろう!?」と僕は捉えたんです。 「ガチャで集金する新しいゲームビジネス」として捉えるつもりは一切なくて、「ガラケーというプラットフォームでもゲームが作れることを伝えたい」という思いの方が強かったんですね。 ──ただ、当時のソシャゲ業界……特にGREE、DeNAあたりはIT業界寄りの考えを持つ方々が多かった印象があり、森山さんの考え方とはまったく違いそうな気もするのですが……。 森山氏: はい。だから最初に作った時は「こんなの絶対に売れない!」「こう直しなさい!」ってすごく言われました。ただ、僕はそれを全部無視したんですね。というのも、僕の中では「あ、このモバイルゲームは世界を変えるかもな」って自信があったんですよ。まあ、思っていたほどは世界を変えなかったんですが(笑)。 ただ、予算が約300万円で、メンバー3人ぐらいで作ったゲームが、ユーザーさんの口コミでバーッと広がっていくというのは今までに無かった現象で驚きました。 ──その時に作られたゲームというのは……? 森山氏: 24時間持ってる携帯電話という特性を活かして『定刻開戦』という、1日の特定の時間に集まり、みんなでリアルタイムでギルドバトルをするゲームです。最初にそのアイディアを考えた時、これがガラケーで遊べるとみんなが知ったらエラいことになるんじゃないのかと、内心ドキドキしていたんです。 周りはみんな「つまんない」って言っていたんですけど、僕は「これは何万人が遊ぶと一気に動くから!」と伝えていた結果、口コミでバーッと広がって行きまして。 その後、半年以内に他の会社にそのシステムがどんどんパクられていきました(笑)。最初はムカッとしたんですけど、パクられ続けるとそれはもうジャンルだなと思うようになり、逆に良かったなとなりましたね。 ──手がけた作品が大きくヒットして、他社にもどんどんマネされるほどのブームを起こしたとなると、周りの態度も一変したのでは? 森山氏: ええ、手のひら返しです(笑)。電話しても無視し続けたGREEの担当から毎日電話がかかってくるようにはなりましたね。当時、みんなが同じ物しか作っていない所に僕が異質なものを放り込んだので、マネしようって話になったんじゃないでしょうか。 半年後にテレビを見たら、まったく同じバトルシステムとUIで、僕のゲームじゃないものがCMで流れていた……なんてこともありましたね(笑)。 ──なんと言いますか……すごい時代です(笑)。 森山氏: 本当にやりたい放題と言いますか、ブルーオーシャンそのものでした。それでスマートフォンが登場すると、さらにできることが増えたんですね。特にプッシュ通知なんて、僕からしたらヨダレが出るような機能でしたよ(笑)。 これを使えば、「誰かが遊ぶとプッシュ通知が来て友達が入ってくる」システムの面白いゲームができるだろうなと思って作ったのが『ドラゴンポーカー』です。 ──『ドラゴンポーカー』はポーカーの要素を持ったRPGでしたが、なぜポーカーを題材にされたのでしょうか? 森山氏: 協力プレイをするのに当たって、単純なコマンドRPGにしただけでは面白味がない感じがしたんですね。それで、僕自身もカジノとかが好きだったので……。ポーカーの役をユーザーのみんなが1枚ずつカードを出し合って作ると楽しいし、これは今までにない面白さが出るんじゃないのかと感じ、ポーカーの要素を持ったRPGになりました。 『ドラゴンポーカー』は本当にやったもの勝ちだと思って早くやりたかったんです。ガラケーのころはまだ、リアルタイムの通信はほとんどできていない時代だったので、更新ボタンで無理矢理リアルタイムのように見せる作り方をしていたんですね。 でもスマホになって、リアルタイム通信によるマルチプレイが現実的になりました。それを誰よりも早くやりたくて……。実際、その後のスマホゲームの世界では一気に協力プレイのブームが来た感じでしたね。 ■“ガチャなし”に挑戦した『城とドラゴン』での苦難。ついには無理が祟り、左半身が全部動かなくなる事態に ──その『ドラゴンポーカー』の次に出た『城とドラゴン』は大きなヒットとなりましたが、そこからしばらくしてアソビズムを辞められているんですよね。差し支えなければ、『城とドラゴン』の始まりと、そこからどんな経緯があり、退職に繋がったのかをお聞きできますでしょうか。 森山氏: 『ドラゴンポーカー』は売上も含め、想像を絶する盛り上がり方をしました。メンテナンスを繰り返して、それがいつしか「ドラゴンメンテ」と呼ばれるようになったり、深夜3時頃まで遊ばれているユーザーが多かったことから、1日に遊べる回数は減らして報酬を増やす施策を打ったら「元に戻せ!」と怒られたりとか、色々ありました(笑)。 ただ、それが何年か続いた後で僕の友達に「『ドラゴンポーカー』って知ってる?」と聞いてみても、誰も知らないんですね。一応、毎日30万ユーザーぐらい遊んでて、それなりの成果だと感じていたんですが、「30万人ぐらいでは、みんなが知ってる作品とは言えないんだな」と思いまして。 多分、他のクリエイターの皆さんも同じだと思うのですが、「自分が居た証明」みたいなものを残したい思いから作品を作っていると思うんです。それを考えると、「知られていない」って辛いじゃないですか。まずは知ってもらえなきゃいけませんから。 それで売上ではなく、「多くの人に遊んでもらえるゲームを作りたい」という思いから始まったのが『城とドラゴン』でした。 ──たしか『城とドラゴン』は“ガチャがない”ことを大きくアピールしたゲームであったように記憶しています。 森山氏: そうですね。「ガチャなし」「レアリティなし」と決めました。当時、コンプリートガチャの禁止といった大きな変動があった中で、ガチャとは違った可能性がソーシャルゲームにはあることを証明したいと思っていたんです。 それまでのスマートフォンのゲームで当たり前になっていたことをすべて捨て、ユーザーが多く、色んなゲームが遊べるようにする。ただしそこには性的なものは一切存在しない。言ってしまえば、任天堂さんのゲームに近い……「万人向けのゲーム」という感じですね。 デザイン、遊びの部分ともに小学1~2年生ぐらいでも抵抗なく遊べるゲームを目指したんです。ゲームとしてはマルチラインのタワーディフェンス対戦ですけど、基本的にキャラクターをポンポン出していくだけで簡単に遊べてしまうような。 ただ、ゲーム中に使うキャラクターを固定させたくないことから、「ランダムデッキ」というものを考えました。当時、デッキを作って遊ぶゲームがメジャーだった時代にデッキを作れないゲームを作ろうというものですね。ランダムにすることで、自分でも想像がつかないようなバトル、麻雀のように「来た牌でどう対処するかで上手さが決まるもの」が生み出せる気がしたんです。 ──砦の配置が毎回変わるのに加えて、出せるキャラクターも常に違うので、本当に出たとこ勝負みたいな展開になりますよね。 森山氏: それから「新たまご販売」というキャラクターの販売形態ですね。ガチャを止め、キャラクターを1個3000円で売る形にしました。「そんな形で『城とドラゴン』はやる」と言って始めたら、『ドラゴンポーカー』の影響もあって期待されていたユーザーさんは多く、とんでもない人数の方々が入ってきたんです。 当時はテレビCMも打つなど、宣伝にもそれなりのお金はかけたんですが、ユーザーさんの集まり方は想定を上回る勢いでした。けど、その時にはまだ対人戦にあたる「リーグ」が開発中で、作物の収穫をするだけのゲームになっていたんですね(笑)。 ──それだと早い段階でユーザー離れが起きてしまうのでは……と思ったのですが、実際はそうではなかったと。 森山氏: ユーザーさんは今後「リーグ」が始まるのを知っているので、辞めていくようなことはなかったんです。卵を販売してもちゃんと買ってくれましたし、「リーグが始まったらこのゲームは絶対面白くなる」って言い続けてくれたんですね。あれは本当にありがたかったです。 ただ、いざリーグが始まってみると……ランダムデッキなんで、卵でキャラクターを買えば買うほど、プレイヤーは弱くなっていく仕組みなんですよ。レベルの低いキャラクターが選ばれる頻度が上がっちゃいますので。それもあって、「課金すればするほど弱くなる初のソーシャルゲームだ!」って言われました(笑)。 一同: (笑)。 森山氏: 「森山さん!課金すると弱くなるんですけど、どういうことですか!?」って、重課金されている著名な方から電話がかかってくることもありまして。「そういうゲームなんだよね……」って、返していました(笑)。 ──結果的に『城とドラゴン』はスタート間もなく大きな成功を収めたんですね。 森山氏: 数ヶ月で毎日50万ユーザーが遊んでいて、その後にはユニークユーザー数が月間100万近くまで行きました。さすがに『パズル&ドラゴンズ』などの大ヒットタイトルには全然及びませんでしたが、自分としては友達が知っていて、自分の知り合いの子どもも遊んでいるようなものを作れたという大きな手応えがありました。 ──ただ、途中で『城とドラゴン』もガチャを始められましたよね。 森山氏: 3年半ほどガチャなしで頑張ってみたんですが……ガチャなしでソーシャルゲームを続けていくことって、すごく難しいんですよ。『城とドラゴン』が出た後にも、いくつかの会社さんがガチャなしのゲームを作って追従してくれたんですけど、ことごとく1年経たない内にサービスを終えてしまって。 その理由も分からなくはないんですね。僕たちは色々な施策を考えながら、ガチャなしで3年半やってきましたから。何も施策を考えずにやると、ガチャなしで成り立たせるのは難しいだろうな思っていました。 ただ、3年半続けて、僕らもさすがに厳しくなって……。『城とドラゴン』を存続させるか、サービスを終えるかの中で「ガチャを入れます」と宣言して存続を決断したんです。 ──何かしら、反発があったことが想像されますが、実際はどうだったのでしょうか。 森山氏: 存続の声明はアソビズム側から出したんですけど、ユーザーさんからは「森山からの声明がない!」ってすごく怒られました。 それで半年ほど遅れて、僕が自分のTwitter(現X)で声明を出したところ……怒りの矛先が僕個人に直接来るようになりました。個人攻撃や誹謗中傷は当たり前でしたし、殺人予告とかも頻繁にありました。その中で『城とドラゴン』では7年ぐらい頑張ったんです。 とはいえ、その後に『ガンビット』【※】という3Dのゲームを作るんですが、そこから徐々に自分自身の精神がおかしくなっていきまして。 当時は僕が事実上の社長と言いますか、全権限と全責任を持っている人間になっていたんですね。なので、全社員の面倒を見なきゃいけなくて、クリエイターとしてゲームも作り、さらには誹謗中傷まで受けているといった状況で、全体のバランスが崩壊していたんです。そもそも、『ガンビット』はNintendo Switchで出すつもりで作っていたんですよ。 ──でも実際の『ガンビット』はスマートフォンでのリリースとなってしまったと。 森山氏: ちょうどそのころ、十年来の仲間が結婚したり、マンションを買ったりしているんですね。そうなると、彼らを食わせていかないといけないんです。「だったら、今までの実績を踏まえれば、スマホで出さないとダメじゃん」となり、最終的に『ガンビット』はNintendo Switchでは出さず、スマホで出すことになりました。 あの『ガンビット』の判断は今でも後悔しています……。そして『ガンビット』を出す一週間前には、自分の左半身が全部動かなくなったんです。 ──えっ……。 森山氏: それくらい、エネルギーも無くなり、精神的にも限界でした。一応、リモートでみんなに指示したり、無理して会社に行ったりはしたんですけど、もう立っているだけで冷や汗が出たり、自宅に帰ってお風呂に入るだけで激痛が走ったりして……。 病院にも沢山行ったんですけど、検査しても分からなくて、「精神的なものじゃないか」「自律神経でしょ」としか言われない。それで休むんですけど、「あ、もうこれは続けられないな」と思ってしまって、そのまま退職することになったんです。 ■長年の仲間たちと再始動。1枚のアートから「ゲームを作りたい」思いが蘇る ──そこからPICOTYを立ち上げることになったのには、どんな経緯があったんでしょう? 森山氏: 僕が身体を壊すのと関係なく、長年組んできたデザイナーが「辞めたい」と言っていたんですね。 そのデザイナーは、絵を描きたかったんですよ。ただ、役職がチーフになってからはスタッフの面倒を見ることが仕事の中心になって、自分で絵を描くことができなくなっちゃったんです。それが当人としては本意でなかったんでしょうね。 でも、「森山さんが将来、小さな会社をやることになったら参加したいです」と言ってくれたんです。それで僕が身体を壊してアソビズムを辞め、少し気力が戻ってきたころに電話したら、すぐに次のゲームに関するアイディアを込めた絵を描いてくれました。 その絵を見たら、ふつふつともう一回、ゲームを作りたい思いが蘇ってきたんですね。まあ、実は今でも身体には退職当時の後遺症が少し残っているんですが、それでもやりたい気持ちが強くなりまして、その後、ずっと長いこと一緒にやってきたプログラマー2人も合流して再始動となりました。 ちょうど、それと共にコロナ禍も始まってしまったんですが……。 ──そこから後に会社化されたんですか? 森山氏: いや、実は「いつかひとりで好きなことができれば」と思って会社を別に持っていたんです。僕自身、生活レベルをあまり変えたくない思いがあり、アソビズム時代に自分の給料のほとんどをそちらに割いていたので、蓄えはありまして。それでゲームが作れると思いました。 なので、例のデザイナーの絵を見て気力が蘇り、平均50歳で合計238歳の高齢メンバー4人が小さな会社に集った……という具合ですね(笑)。 そんな年齢の集まりでしたから、コロナ禍では誰かが罹患したらヤバい、ひとりでも欠けたら終わるみたいな状況で現在まで4年間やってきました。そして去年の6月にオフィスを借りてみんなが集まり、現在、少人数でゲームを作っている感じです。 ──そのPICTOYの仲間たちは、アソビズム時代などで一緒にやってきた方々なんでしょうか。 森山氏: アソビズム時代の人間とスキップ時代の人間、それからプロキオンの時に知り合ったメンバーが居ますね。 気心知れた仲で、みんなスムーズに話が通じるので、1週間に2~3時間話すぐらいで問題ない感じでした。最初だけは長くやりましたけど、大体分かってくると、あとはみんなアドリブを効かせて面白くしていってくれるんです。それで僕がたまに修正しながらディレクションしていく感じですね。 ■思い出すだけでも涙。ファンの子どもが貯金箱を全部出した、クラウドファンディングのエピソード ──そのPICOTYで作られた『モンスタークリエイト』は、お話を聞く限りだと完全に自己資金で作り切ったタイトルなのでしょうか。 森山氏: そうですね。ただ、追加要素の開発や品質の向上などを目的にしたクラウドファンディングを今年の1月、CAMPFIREさんで実施しました。 クラファンを始めた時は本当に「1円も入らないのでは」と不安だったんですけど、本当に多くの方からご支援をいただきまして。それもお金だけじゃなく、熱い応援メールもたくさんいただいたんです。それが本当、涙が出るほど嬉しかったですし、エネルギーを貰えましたね。 あと、『モンスタークリエイト』のクラファンの時には衝撃的なことがあって……。先ほども言ったように、始まった時はものすごく不安だったんです。でも、いざはじめてみたら、いきなり100万円の支援が入ったんですよ。 ──え、始まって間もなくですか? 森山氏: はい。最初は「ケタを間違えているんじゃないのか?」と思いました。けど、本当にその金額が入っていまして、震えるほど驚きましたし、ユーザーさんからのお金に対する重みを強く感じました。 あと、それほどの金額を入れていただいたひとりが、昔から僕のゲームを家族で遊ばれている方だったんですね。元々、『城とドラゴン』などをたくさん遊んでいただいていて、『モンスタークリエイト』を作っていると知ってからもすごく期待してくださり……。BitSummitの当日には子どもさんと一緒に来てくださったんですね。 ──森山さんと、森山さんが作られてきたゲームの熱烈なファンだったんですね。 森山氏: 本当に僕が作ったゲームを何回も周回してくれて、「すっごい面白いです!」って言ってくださって。それでクラファンが始まった時、お子さんたちがお小遣いを貯めた貯金箱を全部親のところに持ってきて、「モンスターコース【※】を買ってください!」って言ってくれたというんですよ。 ──え!?じゃあ、100万円って金額は子どもたちが出したものだったんですか……!? 森山氏: いや、さすがに子どもたちには100万円って数字の大きさが分からないだろうし、そのお金だけじゃ足りなかったと思うんですけど、そのような気持ちを持って僕のゲームを応援してくれていたのが本当に……嬉しかったですね。最終的には足りない分を親御さんが補って入れてくれたようなんですけど、それほどの金額を入れてくれるほど、僕のゲームに期待してくれているというのが……。 ……すみません。まさか話していて泣くとは思わなかった……(笑)。 ──いやぁ……しかし、すごいです。それほどお子さんたちは森山さんの次のゲームに期待されていたんですね。 森山氏: 本当に熱い思いを込めたメッセージを頂きまして……今まで頑張ってきた甲斐があったと思いましたね。「ああ、自分が今までやってきたことは間違っていなかったんだな」と、本当に自信を持てたと言いますか……。 もちろん、これはいま応援していただいているユーザーの皆さんに言えることですが、本当にありがたく感じています。感謝してもしきれない、感謝の言葉しか出てこないですね……。 ■親子や友達と安心して遊べる、基本無料のゲームをスマートフォンで作りたい ──『モンスタークリエイト』の宣伝なんかは森山さんおひとりでやられているんですか? 森山氏: ええ、メディアの方や知っている方に頭を下げて「扱ってもらえませんか?」とやっています。まあ、昔の仲もあるんですけどね。ただ、メディアだと、知り合いの人たちが編集部の仕事から離れている方が多かったりして、なかなか順調にはいかないこともあるんです。 とは言え、頭を下げるのは簡単ですし、なんといっても下げるだけなら無料ですし(笑)。 ──(笑)。 森山氏: まあ、広告も少しずつ始めていくんですが、すごく親身に、しかも割安でやっていただけることが多くて。もちろん、儲かったらちゃんと払うことありきなんですが、「森山のことが好きだから応援したい」という声をいただいています。 本当にあらゆる人が助けてくれて、知恵に知識、技術を教えてくれました。「これをもう1回やれ」と言われても、難しいと思うぐらい幸運なタイトルになったと思います。 だから、このゲームはきっととても運がいいタイトルなんだろうと思いますね。それに今、遊んでいただいているユーザーの方々が“あったかい”んですよ。これが今までは本当、考えられなかったことでして。 ──励ましのメッセージを送ってくれるとか、そういった感じでしょうか。 森山氏: そうですね。緊急メンテとか、これまでは実施すると大体文句を言われがちでしたけど、そんなことがないんです。「もうおじさんなんですから、休んでください……」「無理しないで」「ちゃんとご飯を食べて」みたいな感じですよ。それがもう、本当にあったかくて。DMも昔は暴言が多かったですけど、今はあったかいものばかりです。 本当にこのタイトルは愛されているんだなと思いますね。遊んでくれた人の心の中に残るゲームになるのではと、徐々に感じてきています。もちろん、まだ全然足りていない部分もあるんですけど、まずはスタートラインに立ててホッとしていますね。 それに運営系のゲームって、「ユーザーから文句を言われながらやる定め」みたいなところがあると思うんです。 ──ありますね……。 森山氏: なので、こういう応援されながらやる感情を続けたいと思っていまして。あと「基本無料」というフォーマットを毛嫌いする方も出てきている時代なので、そこへの提案というわけではないですが、「安心して子どもに遊ばせられるゲームがあることを伝えたい」という思いがあります。 ──それは具体的にいうとどのようなお考えなのでしょうか……? 森山氏: 「スマートフォンのゲームは怖い」、「ガチャに課金し過ぎたから辞めた」という方はたくさんいて。僕自身はソーシャルゲームを売っていた側の身分ですけど、だからこそ逆に「基本無料のゲームには危ない面もあるんだよ」と言わなきゃいけないのかなとも思っているんです。もし『ドラゴンポーカー』を作っていた時に息子がいたとして、無茶な課金を繰り返していたら絶対やらせないですからね。 ただ、基本無料で始められるのは、ブランドがない会社にとっては大きな魅力で。「遊んでもらって楽しければお金を払ってもらえる」というシステム自体は本当に素晴らしいものだと思うんです。これをもう一度、素晴らしいものに戻しませんか、というものですね。 ──確かに基本無料となりますと、ガチャが完全なビジネスとして定着してしまったところはありますね。 森山氏: もちろん、どんどん課金してくれる人が悪いというわけではありません。けど、無課金でも不自由なく遊んでもらえる、「安心して子どもに渡せるスマートフォンゲーム」もあっていいんじゃないのかと、示したい気持ちがあるんですね。 僕自身、基本無料に対しては悪いイメージがありませんし、スマートフォンという世界で一番売れている、なんだったらPCより売れているゲーム機を愛していますので。 僕はムキになってゲームに高額のお金を費やしたり、多大な時間を使う必要はないと思っています。なので、僕のゲームはたくさんあるエンターテインメントやコミュニケーション手段のひとつとしてあって欲しい。まさに親子や友達と安心して遊べるゲームをスマートフォンで作りたい。そんな思いを『モンスタークリエイト』には込めているんです。 ──熱いですね……。 森山氏: いいことばかり言っているように見えますけど、本気なんです。医者に死を宣告されそうになったからこうなったんですよ。「あれ?もしかして、あと1本くらいしかゲームを作れないのかも?」と。実際、若くして亡くなられるゲームクリエイター、漫画家、映画監督の方って結構いらっしゃいますから。僕も結構な働き方をしてきたので、長くはないと思っています。 そう考えると、恥ずかしくないものを作りたい気持ちになるんです。その思いはユーザーさんにも伝わっているみたいで、そこを応援していただいているのかもしれません。 ──ただ、インディーゲームだと基本は買い切り型のものが多く、運営型の作品はなかなか大変なイメージがあります。特にスマホは滅多に成功する作品がなく、まだSteamの方が勝ち筋があるくらいな印象ですが……。スマホの運営型インディー作品がここまで減ってしまったのって、どういう背景があるんでしょうかね。 森山氏: やっぱり、みんな厳しい現状を目の当たりにして諦めている風潮はありますね。運営型で成功させようと思えば運営費も宣伝費もそれなりにかかりますし、確かに厳しい側面があるとは思うんです。 ただ、宣伝費がなくても無料ランキングで8位まで行ければみんなにチャンスがあるはずでは……とも思いますかね。僕らとしては、もし8位に行けなかったら「無理でした」と言おうと考えていたんですけど、実際のところはうまくいってしまい、「いや、まだまだ可能性はあるんだな……」と。 世間ではスマホもSteamも今はレッドオーシャンと言われていますけど、実はそれも嘘かもしれないって感じています。そもそも、みんなが同じようなことで勝負しようとしているからこそ、レッドオーシャンと呼ばれているんじゃないかと思いますね。同じ列車に満員状態で乗っているからこうなっている気がして。だったら違う列車に乗ればいいのでは、と少し思い始めています。 ■「宣伝費ゼロなのに、無料ランキング8位まで行けちゃいました」 ──その『モンスタークリエイト』は今のところ、小学生のユーザーには届いていたりするのでしょうか。まだ、これからといった状況なのでしょうか。 森山氏: ボチボチ届き始めていますね。やっぱり、子どもって上のきょうだいが遊んでいるものを遊ぶ傾向があって、『城とドラゴン』はまさにそうだったんです。最初は高校生から始まって、そこから中学生へ伝わり、小学生に行き着く感じですね。それでクラス内で流行ることが起きれば申し分ない感じです。 あと、一緒に遊ぶ点においては『城とドラゴン』よりも効果が高いと感じているんです。長年組んできた仕事仲間がいるんですが、彼の5歳くらいの娘さんが面白くてハマっているらしいんです。それで、彼自身は娘が作ったキャラクターで遊んでいるようで、ある日に「娘が作ったキャラでシルバークラスまで上がりました!」なんてLINEが来たんですよ(笑)。 一同: (笑)。 森山氏: 彼はふだんからすごくゲームをするタイプの人間ではないんですが、それでもやっぱり、娘が作ったキャラクターが愛おしいんでしょうね。それは本当、狙い通りと言いますか、IPのキャラクターでは難しい、値段に変えられない体験だろうなと思っています。まさにプライスレスですね。 ──確かにお話を聞いているとこのゲームは、小学生や幼稚園の年齢層にウケる気がします。私が子どもの頃もそうだったんですけど、子どもってタダで遊べるものへの情熱がものすごいじゃないですか。私もひたすらに無料の体験版みたいなものを遊び倒した思い出がありますので……(笑)。 森山氏: 完全無課金だと1年は遊べると思いますね。急ぎたい人は課金して早く辞めてしまってもいいんです。ただ、無課金なら本当にゆっくり遊べると思います。 実際にX(Twitter)でも「無課金だけど、全然面白い」とか、「今後も無課金で楽しもう」と進捗のスピード感も含めて満足されている方が多いんですね。僕としても「無課金で遊べる」と言われるのは逆に嬉しいです。ゾクゾクしちゃいます(笑)。 ──「無課金でも全然遊べる」というのは、大きなアピールポイントにもなるんじゃないでしょうか。 森山氏: そう思いますね。たまたまスタジオジブリが『君たちはどう生きるか』で広告なしみたいなことをしましたけど、我々も「宣伝費ゼロなのに無料ランキング8位まで行けました」というのが宣伝になるんですね。別に僕らはスタジオジブリをマネたわけではないんですが、宣伝費をかけていないのに盛り上がっている、その現象自体が宣伝になっちゃうんです。 ──確かにそれだけでインパクトがあると言いますか、「どうして!?」「どんな作品なんだ?」って関心も集まりやすいですね。 森山氏: はい。ただ、まだ届いていない所もあるんです。僕のゲームを遊んでいた知り合いの子どもに「僕のゲームがもうすぐ出るんだよ」って言ったら、「え、森山さんのゲーム、出るの!?やりたい!」って反応したんです。 そういう反応が出るのは、まだ知られていないから、プロモーションが行き届いていないからなんです。だから、口コミで火が少しでも付けば、もっと広まる可能性があるというか。まだまだ、開拓の余地はあるイメージですね。 ──実際、インディーゲームって小学生くらいの子どもに向けたものがほとんどないんですよね。Steamになると、パソコンを持っていないとなってしまうので、結果的に若くてもハイティーン狙いになってしまう。インディーゲームで小学生をターゲットにしていて、なおかつ無料でたっぷり遊べるものというのは本当に珍しいかもしれません。 森山氏: 『機兵とドラゴン』でご一緒した安藤さん【※】に昔、「子どもを狙って採れるクリエイターって割と少ないんですよ」って言われたことがあったんですね。僕は別に子どもを狙っている訳ではないんですが、確かに子ども受けはすごくいいんですよね。 それは元々、『ちびロボ!』などをやっていたこともあるのかもしれません。まあ、僕自身が子どもみたいなもので(笑)。僕が面白いと思うものと、子どもが面白いと思うことが近いのかもしれません。 それにしても、この2024年3月、4月ってものすごい数の大作ゲームが出たじゃないですか。そんな中でよく『モンスタークリエイト』がウケてくれたな、と思いますよ。もしかしたら、話題にしてくれるユーザーさんの中には僕自身のファンの方もいらっしゃるのかもしれませんが、本当にありがたい限りですね。 ■「ユーザーが遊びながらデータを作ってくれる」のもオンラインならではの強み ──今回の『モンスタークリエイト』や『機兵とドラゴン』もですが、森山さんのゲームってオンラインの要素が結構、ゲームデザイン的に重要な位置付けとされている印象があるのですが、実際、オンラインにはこだわりがあるんでしょうか。 森山氏: そうですね。小さい会社にとって、オンラインはアイディアで勝負できる唯一のテーマだと思っているんです。特に爆発的に色んな人にゲームの面白さを届けるのに当たって、オンラインは上手く作れば物量が要らないんですよ。 ──物量が要らない……? 森山氏: 何故かと言いますと、ユーザーの敵はユーザーだからです。色んなユーザーが生まれるのは、色んなキャラクターが生まれることと同じなんですね。さらにストーリーもこちらが用意したものではなく、ユーザーのみんなが次の分からないストーリーを紡いでくれる。協力すれば戦友になりますし、何度も戦いになれば自然にライバルになったりしますよね。 『城とドラゴン』で、ずっと組んでいる味方や何年も争っているライバルがいることなんて、本当にこちらが用意しない物語そのものなんですね。 今の時代、小さな会社で長編のRPGを作ろうとすれば、それこそトリプルAみたいな予算がかかってしまう。けど、オンラインなら少ない予算で、ユーザーごとに様々な物語を生み出すことができる。それこそが通信を使った遊びだと僕は思うんですね。 ──その考え方には言われてみれば、となりますね……。 森山氏: 『モンスタークリエイト』も僕らが用意しているモンスターは少ないんです。これが大企業なら何千体も用意できますけど、僕らは数十体ぐらいになる。ですけど、オンラインであればユーザーさんが何千体も作ってくれるじゃないですか。結果として、本当に想像を絶する量のキャラクターが今、生まれているんですけど、これがオンラインのすごさだと思うんですね。 ──過去に手がけられた『いきものづくりクリエイトーイ』でも、そうした現象は見られましたね。 森山氏: 『クリエイトーイ』も本当はオンラインがやりたかったんです。ただ、ニンテンドー3DSでのオンラインは難しく、すれちがい通信を使った遊びしか入れられなかったんです。今回の『モンスタークリエイト』はオンラインなんで、本当にログインするたびに色んなキャラクターが歩いてくるんですね。なので、「これ、ログインするだけでも楽しいじゃん!」って思っていて。そういうユニークなゲームが作れたとの手応えがありますね。 ──なるほど……。しかし、私自身、これまでにいろんなクリエイターさんとお会いしてきて思うのが、内側から作りたいものが出てくる人ってすごく稀有だなって思うんですよ。世間で流行っているからと、外側から作ってしまいがちと言いますか。森山さんは内側から作りたいものを考えられるのを自然にやっているのが本当にすごくて、珍しいなと感じます。 森山氏: ゲーム作りって膨大な時間とエネルギーを使うじゃないですか。漫画家さんほどではないかもしれませんけど、ディレクターやゲームデザイナーとして、同じくらいエネルギーを使って作品に向き合おうと意識しているんです。そうなると、真似するのって人生全体で見てもったいなくないか、って思うんですよ。 だから影響を受けすぎたり、真似をしすぎるとせっかくのエネルギーと人生が無駄になってしまうような気がしていて……。まあ、僕自身も当然、これまでに遊んだことのあるゲームに影響を受けている面はあると思いますけどね。ただ、それでも挑戦がしたいんです。 人生、何本のゲームを作れるか分からないじゃないですか。いつ死ぬかもわからないですし。だから、真似している暇がないんです。 ──もっと「面白い!」と言ってもらえるもの、遊びにこだわりたいということなのですね。 森山氏: 昔で言えば『ドンキーコング』にはジャンプとハンマーがあって、それらをボタンとレバーという決まった操作系の上でどう活かすか、と。レバーの上入力はハシゴを登ることに使いましたから、ジャンプを当てることはできない。それで結果としてはボタンにジャンプが当てられ、ハンマーは全自動になるんですね。 まさにそれは任天堂イズムですけど、そういった制限がある中で「どうやって何回も遊んで楽しめるものを作れるか」を考えるのが僕としては楽しいと思えるんです。 僕はどちらかというと『ゲーム&ウオッチ』が身近だった世代なので、ゲームはもっと身近にあるものというイメージなんです。ただ単純に遊びを作っている。今もそうですが、おもちゃを作っている感覚なんですね。 ──ただ、『デモンズソウル』の宮崎英高さん、『メタルギア』の小島秀夫さんもですけど、根っ子の部分は“遊び”を作れるゲームデザイナーだなって思うんですよ。森山さんのゲームもおそらく、同じ考え方や捉え方で作られている気がします。 森山氏: まあ、基本的に楽をしたいんですよ。『モンスタークリエイト』を例に出すなら、ユーザーに楽しみながらモンスターを作ってもらう。要はユーザーにデータを作ってもらう感じなんですね(笑)。 ──ああ……「ユーザーにデータを作ってもらう」は確かに通じるものを感じます。 森山氏: こちらが用意しなくてもユーザーが面白いことをいっぱい用意してくれる訳ですから。それを活かさない手はないだろう、と。 あと、僕の理想は少人数でバンドみたいにゲーム作りをすることなんです。僕はあまり細かい仕様書を書かないんですね。基本的に口頭で話したり、感覚的なスタイルでやり取りするので、組むメンバーが違えば作れるゲームも変わってくると思うんですよ。そういった仲間たちのアイディアや力を引き出すのが、ディレクターの大事な仕事だと思っています。 なので、作ったゲームが僕の才能によるものとは全然思っていなくて。きっかけのアイディアは僕ですけど、多くのアイディアは仲間たちのおかげなんですね。それを代表する立場、方向性を決める人間として僕がいる感じなんです。 今は少人数のメンバーでやっているんで、自分としてもすごく楽しいし、このやり方が合っているなと思いますね。まあ、どんなものができ上がるのか分からない面もあるんですけど、最終的には着地させる自信がありますので。 「面白い!」って信念とイメージを人に一生懸命伝え、その人を作る気にさせるのは上手い方なんです。そうすると、少人数の方がやりやすいんですね。 ■『機兵とドラゴン』と『モンスタークリエイト』、同時並行で開発した理由は「2本作っているのが一番ちょうどいいから」!? ──ちなみに『モンスタークリエイト』と同じタイミングで、もうひとつの新作である『機兵とドラゴン』も配信されましたが、この『機兵とドラゴン』はPICTOYの仕事ではないんですか? 森山氏: はい。アソビズムを退職した後、体調が少し復活し始めた時に個人としても活動したい思いがあったんです。PICTOYではできない仕事をしてみたかったんですね。先ほど言いましたが、僕自身、死にかけていたじゃないですか。ですから「死ぬまでにしておきたいことはやっておこう」と思って、やりたいことを書き出したんです。その上の方に「安藤さんとゲームを作る」があったんですね。 安藤さんとは小さい仕事をふたりで一緒にできればと思っていたんですが、たまたま電話をかけたとき、DONUTSの役員になられたんですよ。それで「DONUTSで作りませんか?」と言われたんです。 ──それで安藤さんに『機兵とドラゴン』のアイディアを伝える流れになったわけですね。 森山氏: はい。ただ『機兵とドラゴン』のアイディアというのは、小さく作ることも大きく作ることもできるものだったんです。規模とかは全然考えていませんでしたし、作る会社もどこでも良かったんですね。 それで安藤さんにアイディアを話しましたら、「メッチャ面白い!」と言ってくれまして、DONUTSの開発トップの方を連れてきてくれました。その方は、元々セガで『ハングオン』や『バーチャストライカー』などを作られた重鎮だったんですね。僕も遊んでいたゲームを作られた御方で、その人がディレクターを務め、僕が原案という座組みで最初は始まったんです。 結局、そのコンビはダメになるんですけど(笑)。 ──なぜそのようなことに……? 森山氏: 僕は任天堂さんと仕事をしてきたことから、そのやり方が身についていたんですけど、それとその方の持つセガのやり方があまりにも違い過ぎて、水と油だったんですよ(笑)。それで最終的には「お互い、これは止めた方がいい……」となって解消となりました。 ただ、その方は今も尊敬していますし、その後も色々と手伝っていただきました。 ──しかし、外部の方と作るのって、お互いの性格とか相性を全然知らないですから、ゲームを作っていくのが相当難しいのではないんでしょうか。特にニュアンスみたいなところをいかに伝えるかで苦労するという話はかなり耳にしていて。 森山氏: いや、それは本当に大変でした!しかも今回、コロナ禍のこともあって、リモートでのスタートになりましたから余計に大変でしたね。初めての方々とやるだけでも大変なのに、加えてリモートですから相手の表情が分かりにくく、さらに経歴や性格も分かりませんから。 でも、DONUTSさんの『機兵とドラゴン』のチームは「森山作品を作る!」との思いで取り組んでいただきました。それは安藤さんが粘り強く言い続けてくれたことと、中心メンバーと現場の方々が頑張ってくれたおかげで、本当に感謝の限りです。 ──それにしても、『モンスタークリエイト』も『機兵とドラゴン』も両方ディレクターをされているんですよね。実際、並行して作っていたんですか。 森山氏: そうですね。元々、2本同時はアソビズム時代にもやっていたんで、違和感がないんです。僕は2本ぐらいやっているのが一番ちょうどいいと思っているんですよ。 ──え!? 森山氏: 僕ぐらいの規模のゲームだと、作っていてやりたいことが増えることがあるんです。それで2本やっていれば、片方では使えないけど「もう片方では使えそうだから使っちゃえ」ってことができる(笑)。 実際、『ドラゴンポーカー』と『城とドラゴン』も同時に作っていたんですよ。あと『ドラゴンリーグ』と『クリエイトーイ』も並行していましたね。 ──な、なんと……。「2本ぐらい作るのがちょうどいい」って言うのは、初めて聞く概念です(笑)。 森山氏: 2本はいいですよ~(笑)。作っていて思いついても使えないアイディアって大抵、封印するじゃないですか。2本並行なら、それを封印せずに使えますから。それがすごく効率的なんですよ。僕自身、効率的なのは大好きなんで。 中には今やらなきゃ意味がない類のアイディアもありますから、捨てるか使うかだったら2本走らせた方がいい。僕はそうやって2本やっているのがバランス的にはいいんです。実際、今までにもそのやり方でいいものが作れているんですね。 ──でも、普通は同じディレクターが作った作品でも配信の時期をズラしたりするじゃないですか。だから『モンスタークリエイト』と『機兵とドラゴン』が一緒に出るのは結構、イレギュラーだなと思うんですよね。 森山氏: まあ、本当にたまたまなんですよ。お互い時間がかかってしまったのもあって。僕自身はポジティブに考えているんですけどね。『モンスタークリエイト』が注目されつつある中で、『機兵とドラゴン』にも同じくらい注目いただけたら、ひとつだけでは難しいパワーを貰える可能性がありますから。 あと、今のアソビズムのトップとも仲は悪くないんで、「一緒に盛り上げない?」って話もしているんです。『城とドラゴン』単体だとなかなか話題にならないし、メディアにも取り上げてもらえないでしょうから。そうしないと今、中国などから出てくるとんでもないゲームに太刀打ちできませんから、色々話し合っているところですね。 ■いつかは自分たちの力で世界中の人に「面白い!」と言わせたい ──『モンスタークリエイト』と『機兵とドラゴン』を含め、本当に色んなゲームを作りながら様々な紆余曲折や病気も経験され、現在に至っていると思うのですが、今後、森山さん自身はゲーム作りにどう向き合っていきたいのか、そして何を目指したいのかをお聞きできればと思います。 森山氏: まあ、元々僕は映画が好きで、当然のようにスピルバーグ作品を観ながら育ってきた世代ですので、アメリカに対しての思いが強いんですね。昔から、アメリカ人に自分のゲームを面白いと言ってもらいたい気持ちがすごくあるんです。 ──過去に作られたゲームで、アメリカの方で好評を博したタイトルはあったんですか? 森山氏: 任天堂さんと一緒に作った、『咲かせて!ちびロボ!』という、公園でお花を咲かせるゲームをアメリカのウォルマートが採用してくれたことがありました。ちょうど、発売した頃にウォルマートが植林事業キャンペーンをやっていまして、そのキャラクターにちびロボを選んでくれたんです。それで少し売れた、ということがありました。 ただ、自分のブランドで出して売れたことはないんですね。やっぱりアメリカはエンターテインメントの本場で宣伝も大変ですから、遊んでもらうのが本当に難しいと思うんです。けど、世界の人たちに遊んでもらえて、記憶に残るゲームをどうにか作りたいです。 それが『モンスタークリエイト』になるのか、次の作品なのかは分かりませんが、それが今後、一番やりたいことですね。人様の力を借りる選択肢もあるとは思うんですが、なんとか自分たちの力でそれを成し遂げてみたいです。 ──森山さん個人の活動としては今後、どうされていきたいですか? 森山氏: 死ぬ前に作りたいオリジナルの企画が何個かありますので、やらせてもらえる環境があるならぜひ、やりたいですね。ありがたいことに、こんな時代でもオリジナルを作らせてくれる会社がまだいくつかありまして。そのチャンスがある限りはやっていきたいです。 ──それはやはり、スマートフォンのゲームになるんでしょうか。 森山氏: いや、それはもう組む会社によって変わってくると思います。Steamにも挑戦してみたいですし、家庭用ゲーム機に帰還してみたいという思いもあります。あまりプラットフォームは一緒にしたくないですね。 『モンスタークリエイト』はスマートフォンに賭けていましたので、他は考えられなかったんですけど。ただ今後、『モンスタークリエイト』が他のプラットフォームに移植されていくみたいなことはあるかもしれません。個人としての活動は幅広くやりたいですね。イメージとしてはサザンオールスターズの桑田佳祐みたいな感じです(笑)。 ──そのようにPICTOYの活動と線引きされているのはちょっと興味深いですね。 森山氏: 実際、僕の個人活動にはPICOTYのメンバーは一切関わっていないんですよ。 ──時間配分的にはどういう感じなんですか? 森山氏: PICOTYの活動の方が多いですね。時期にもよりますけど、多くても外が半分以上になったりはしないです。PICOTYの中が6割、外が4割が最大みたいな感じですね。本当に外は週に行けても1回か、多くて2回ぐらいな感じです。 ただまあ、本当にチャンスがある限り、個人としては色々やっていきたいですね。あと、個人で仕事をする時は必ず若い人をつけてもらいたいことを言っているんです。僕のゲームの作り方を少しでも参考にしてもらいたいと思っているんですね。ちょっと普通の人とは違うかもしれませんが、何か得られるものはあるんじゃないのかなと。 ──そろそろお時間が迫ってきましたので最後となりますが、この記事を読まれた読者の方々に向けて、森山さんからメッセージをいただければと思います。 森山氏: そういうのって実は苦手なんですよね……(笑)。まあ、本当にその場ごとにやりたいと思ったことをやって、ユーザーに「面白い!」と言ってもらえるゲームを作っている、シンプルな行動原理に基づいて動いているおじさんです。今回の『モンスタークリエイト』と『機兵とドラゴン』も、どちらかは刺さるのではとの思いがありますので、ぜひ1回遊んでいただければと思います。 本当にこの時代にこんなオリジナルのゲームを出すのも珍しいし、『機兵とドラゴン』についてはDONUTSのメンバーの熱意がすごくて、現場としても素晴らしかったんです。だから、こういう素晴らしい現場で作ったいいものが売れる時代で会って欲しいですし、そういう業界であって欲しいとの思いがあります。 あと、『機兵とドラゴン』は若いメンバー中心に作られたので、彼らに成功体験をさせてあげたい思いがあります。その意味でも僕だけの作品でもありませんから、ぜひ、『モンスタークリエイト』共々遊んでいただければと思います。よろしくお願いします。(了) 純粋に「面白い!」とユーザーが言ってくれることを目標にゲームを作っている。そして、そんな面白さをひとりでも多くの人に味わってもらいたいからこそ、基本無料にこだわり、課金することも押し付けないようにしている。 取材を通して見えてきたのは、本当にゲームとしての面白さ、おもちゃを遊ぶことに近い純粋な喜びに近い感情を大事にしているゲームデザイナーとしての姿だった。そのような思いが結果として子どもたちの心をつかみ、ソーシャルゲームとしては比較的珍しい、若年層からの強い支持を得ているのも興味深い。かつて『ちびロボ!』などで、任天堂との仕事を長く経験されたことも大きいのかもしれないが、これほど若年層、特に小学生のユーザーからの支持が強いゲームを作られているクリエイターも、今の時代では稀少であるように思う。 事実、ソーシャルゲームもさることながら、インディーゲームには小学生辺りの年齢層をターゲットにした作品は少ない。どちらかというと、もう少し上の世代を狙ったタイトルが大半を占め、いわゆる任天堂の『マリオ』シリーズに代表される年齢層関係なく、気負わず手を伸ばせるゲームはなかなか見られない。 そうした現状もまた、森山氏の手がけるゲームの強い支持に繋がっていると同時に、現在、玉石混交で二極化の傾向が見られるインディーゲームやソーシャルゲーム世界における、新たな可能性を切り開く突破口が隠れているのではないだろうか。 直近の新作『モンスタークリエイト』と『機兵とドラゴン』においても、親しみやすい雰囲気と課金を押し付けられないなりの親しみやすさを前面に出している森山氏の作品。 今後、PICTOYと個人の活動において、どのような親しみやすく、ただ純粋に「面白い!」と言えるゲームを作られていくのか。将来的にはSteamへの挑戦、家庭用ゲーム機への帰還も考えられているという、森山氏の今後に期待するばかりだ。 ……ただし、最後にこれだけは書いて伝えておきたい。 一度、病気で身体を崩され、今も後遺症がわずかに残されているとのことです。くれぐれも無理はしないよう、ご自愛ください。PICTOYの他のメンバーの方々も一日3食、しっかり食べて睡眠を取るよう心がけてください……。
電ファミニコゲーマー:
【関連記事】
- 『バトルフィールド』シリーズ新作に向けてリメイク版『Dead Space』を手掛けたMotive Studioが開発スタジオを結成。『バトルフィールド 2042』は「シーズン7」で追加コンテンツの開発を終了
- ヤドカリソウルライクゲーム『Another Crab’s Treasure』のNintendo Switch版が4月25日に発売決定。人類が捨てたごみを装備して甲殻類に立ち向かえ
- 『モンハン』モンスターと草花が融合した20周年記念グッズが発売決定。リオレウスやナルガクルガ、ティガレックス、ジンオウガ、アイルーを画家・タケダヒロキ氏が美麗に描く
- Amazonにて、電源タップやパソコンデスク、電動エアダスターなどサンワサプライの1052製品が最大42%OFFになるセールを開催中
- 三国志の知識を競う「三国志最強頭脳決定戦」がスタート、予選はオンラインで誰でも参加可能。『三國志 真戦』のリリース3周年を記念して開催、バックアップは「三国志検定」