閉店間近!『手打うどん かるかや』 西武池袋本店で56年続いたデパ屋グルメの開拓店を地元出身ライターが実食
早々に品切れのメニューも
ようやくひと心地つくと、あらためてお盆の中身に惚れ惚れとする。 たっぷりの熱湯で茹でられ、冷水で締められて、わしわしと切り立つうどんの山。 職人の手による包丁さばきが光る麺は、敢えて太いものも細いものも混じっているので、食感の違いを歯ざわりからも楽しめる。 現代的なバリ堅の讃岐うどんに慣れた身にはやわく感じるその麺も、創業当時には池袋民にフレッシュなのど越しとして届いていたことだろう、と思いを馳せる。 「うどんは堅ければよいというものではない」と歴戦の識者たちが語るのももっともで、ほろっとした側面のやわさが、半ばの官能をともなって舌に迫る。 つけ汁はこっくりと深いブラウン色の水面をたたえ、その底にとろりとした生卵を横たえているのを、見えずして楽しむのが一興だ。 昨今の賑わいや世情も反映してなのか、「揚げ玉サービス」がなくなったのは残念だが、正規メニューだけでも充分な量の揚げ玉が投入されており、見た目にも満足感がある。 そこに関東風の白ネギを刻んだものが撒かれており、口中の爽やかさにもひと役を買う。 箸を取り、夢中でたぐり寄せ、ふと思い出したように缶ビールを喉に注ぐ。 すると、お店の方から「すいませーん、昆布うどん品切れでーす」と声が聞こえる。 時刻にしてまだ10時25分ごろ。あまりのスピード感にくらくらしてしまうけれど、こんな声を聞けるのも、あとわずか。 うどんの最後の1本をいとおしみながら飲み込み、あたりを見回せば、あらゆる年代のファンたちが「お気に入りの一杯」に立ち向かっていた。 そう、デパ屋には「あらゆる人」のくつろぐ姿がよく似合う。 遊びたそうなお子さんを膝に乗せ、ひと口ずつうどんを運ぶお母さんたち。 仕事の合間なのだろう、背広をちょっと脱いで湯気に巻かれるおじさんたち。 お互いの写真を撮りながら、時間をくつろぐ若いカップル。 ひとたび地上に戻れば役割をあてられる人びとが、この中空では自由になれる。 そんな自由の翼を授けてくれた、ワンコインの幸せが、いま幕を閉じる。 『かるかや』の見せてくれた幸せは、長かった昭和の夢の「しっぽ」のようなものだったのかもしれない。 ■『手打うどん かるかや』 [住所]東京都豊島区南池袋1-28-1 池袋西武本館9階屋上 [電話番号]なし [営業時間]10時~20時半(19時半LO※売り切れ次第終了) [休日]無休 [支払方法]現金のみ [交通]JR山手線ほか池袋駅東口から徒歩すぐ 文・撮影/森田幸江 1979年生まれ。日本女子大学文学部日本文学科卒業後、講談社雑誌編集、アメリカ大使館フードライター、芸術祭ライター等を経て、フリーランスの著述業に。熱波師、温泉ソムリエ、サウナ・スパ健康アドバイザー、高齢者入浴アドバイザー、銭湯検定3級などの資格を所持するサウナ研修家であり東京銭湯お遍路。