『おむすび』の鍵は地方都市の描き方 脚本・根本ノンジに期待する朝ドラの次なる一手
朝ドラことNHK連続テレビ小説111作目、『おむすび』がスタートした。第1週「おむすびとギャル」(演出:野田雄介)のはじまりは2004年(平成16年)。ヒロイン・米田結(橋本環奈)が福岡県の糸島で高校生活を送っている。朝、制服を着崩してみようかと一瞬迷い、結局、標準のスタイルにして出かける結。彼女の姉・歩(仲里依紗)は地元で有名な伝説のギャルで、それが結には嫌だった。 【写真】『おむすび』第1週人物相関図 農業を営む米田家は、たまに喧嘩もするがおおむね仲の良い三世代同居の家族に見える。でも、どこの家にも影はあって……。歩は家を出ているし、結も父・聖人(北村有起哉)も何かくすぶった思いを抱えているように見える。嫁姑問題はなさそうだが、永吉(松平健)と聖人、じつの父子の間にうっすら確執が感じられる。 とはいえ、ドラマのトーンはあくまでも明瞭だ。糸島の空、大地、海と広々した風景の透明感が清々しい。と、ここまでは朝ドラらしい。だが、今回は、そこにノイズが加わっている。「ギャル」というモチーフである。極めて独特のファッション文化で、好き嫌いが極端に分かれるのがギャルである。 結の行く手に、かつて姉が総代をつとめていたハギャレン(博多ギャル連合)のメンバーが立ちふさがる。リーダーのルーリーこと真島瑠梨(みりちゃむ)は結に総代になってほしいとしつこく求めてくる。姉のことが好きではない結は当然、激しく拒み続ける。第1週のおわり、第5話では、ついにほだされ総代にはならないものの、「友達」になることを承諾する。そして、姉が出ていってから長らく閉ざされていた姉の部屋に入り、まばゆいギャル文化を目の当たりにするところで次週に続くとなった。 あらかじめ、タイトルバックでギャルになった結のビジュアルが出てくるので、結が今後、ギャルになることは決定づけられている。だが、そのまま主人公のギャル人生をメインに描くのはさすがに朝ドラとしてはハイブロウであろう。そこで「栄養士」である。結がやがて栄養士になることもギャル同様すでにアナウンスされている。 「ギャル」と「栄養士」という、取り合わせがいいのか悪いのかわからないジャンルミックスで令和の視聴者に耐えうるドラマを作ろうという意欲は買いたい。そこにプラスして朝ドラを毎回、熱心に観ている層に向けて、朝ドラあるある要素、例えばヒロインが水に落ちるなどのサービスショットなども盛り込んで楽しませようとする誠意も感じた。 栄養士要素は、第1話と第5話で、「おいしいもん食べたら悲しいことちょっとは忘れられるけん」と2回繰り返し、しっかり布石を打っている。ほかにも、米田家が農家であること、新鮮な食材でいつもおいしいもの(決して贅沢なものではない家庭料理)を食べていることなどで、結が食の道に向かうことは容易にわかる親切設計である。そして、かつて聖人と結たちは神戸で暮らしていたことから、ある予感もそこはかとなく感じさせている。主人公の神戸時代から描かないところは、『おかえりモネ』を思わせた。脚本家の根本ノンジは「やはり第1週から橋本環奈さんを見たいですよね」とインタビューで答えている。脚本としての仕掛けもありつつ、このドラマが橋本環奈ありきであることもわかる第1週であった。(※) その華だけでなく、的確な演技に定評のある橋本環奈が、やや影ももちながら、明るく前向きに生きている主人公をまさに的確に演じている。それがよくも悪くも、このドラマのはじまりを、企画書の1ページめのように感じさせてしまった気もするのだ。つまり、このドラマで何を描いて何を伝えたいかコンセプトが太字で書かれたパワーポイントの書式を見ているようで、そこにはまだドラマが動き出していない。 ここから米田家、高校、ギャル、街の人たちがどのように有機的に動いていくか、脚本家の腕の見せ所となる。根本ノンジは『正直不動産』(NHK総合)、『監察医 朝顔』(フジテレビ系)、『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』(日本テレビ系)、『フルーツ宅配便』(テレ東系)などの原作ものの脚色で評価が高い、まとめの名手である。『監察医 朝顔』はそれこそ朝ドラ+医療+刑事ものでドラマの人気要素がたっぷり詰まった秀作であった。 満を持して抜擢された朝ドラ『おむすび』で彼に期待したいことがある。それは、地方都市を描くことだ。これまでの朝ドラでは、牧歌的な田舎生活への憧憬心を揺さぶるもの(『舞いあがれ!』の五島や『なつぞら』の十勝、『あまちゃん』の久慈など)、あるいは、もはや時代劇となった戦前戦中前後の生活がデフォルトである。が、今回、糸島の風景と同時に、天神の都市部も登場する。ここが現代劇たるゆえんであろう。 第1週では、結が街で行われている書道展を見に行くと、ゲーセンにギャルたちがたむろっている。結がギャルに絡まれていると通りすがりのサラリーマンが誤解し、警官たちを呼ぶのはいかにも現代劇らしい光景であった。都心部から少し離れたところに家のある者たちが休日は都会に遊びや買い物に足を伸ばすという行動は高度成長以降の当たり前の光景であろう。それによって、子どもたちが不良化したりして、警官が取り締まるようになる(『ハコヅメ』のような交番勤務の人たちだろう)。 ハギャレンのひとり柚木(田村芽実)は高校では規定の制服の着こなしをして地味に過ごしているが、放課後や休日になるとギャルに変身して街に繰り出している。ほかのギャルたちもおそらくそうなのであろう。 家や学校とは違うセカンドあるいはサードプレイスーーそれが『おむすび』における天神である。都市と消費社会と密接に関わった文化(『おむすび』におけるギャル文化)を描いたドラマの秀作といえば、宮藤官九郎の『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系/原作は石田衣良)や『新宿野戦病院』(フジテレビ系/宮藤のオリジナル)があげられる。前者は池袋西口に集うギャングたちの群像劇で、後者は新宿歌舞伎町の病院を舞台に街に生きる様々な人たちを活写するなかに地方から居場所を求めてきたトー横キッズたちの姿も描いていた。これらは池袋や歌舞伎町を大々的にロケできたからこそリアリティがあった。