海上の漁師を守る「命の地図」 ── 南海トラフ地震に備え、南伊勢町が作成
「南海トラフ巨大地震」ではどうなる…?南伊勢町で津波発生時の高リスク
リアス式海岸の南伊勢町は、東日本大震災で大被害を受けた東北地方沿岸部と地形が似ている。さらに南海トラフ地震で想定される震源域からの距離がぐんと近い。 「東日本大震災では地震発生から津波到達まである程度のタイムラグがあったが、南海トラフ地震が起こった場合、津波到達までの予想時間は場所によっては三陸沖に比べてかなり早い。判断ミスは命取りになる」と研究チームの現・岐阜聖徳学園大学講師 森田匡俊氏。つまり、船上で地震に遭遇した漁師たちには、三年半前の未曽有の大震災時よりさらに迅速で正確な判断を迫られるわけだ。 9月1日の避難訓練には23隻の漁船や遊漁船が参加。海上での操業中に地震が発生したという想定で、避難にかかる時間を調べた。まずは地震発生の緊急情報を伝える防災無線や携帯電話の緊急速報メールが船上に届くかどうかを確認。続いて船での避難をスタート。船が津波の影響を受けずにすむ避難海域について、水産庁が定めるガイドラインは水深50m以深。しかしこの基準は地域によって異なり、森田氏によれば「南伊勢町の場合は水産庁ガイドラインよりさらに深くまで出る必要がある。 9月の訓練では、仮に水深70mに設定しました」。水深70m以深へ出るのにかかる時間と、港へ戻るのにかかる時間。どちらのリスクが少ないかを把握するためには、港へ戻った場合に高台へと逃げるための所要時間もポイントになる。自分の足で逃げるための避難経路の確保も必須だ。 「まずは漁師たちを安全に逃がす方法を確保したい。海上にいる人を助けられれば、陸にいる人も助けられる」と、南伊勢町役場 防災課の瀬古智秀さん。訓練は町を挙げて行われ、漁師たちは漁を一旦休んで自らの船で参加した。陸上サイレンも鳴る大行事となったが、町内から反対や苦情は一切なかったという。
海上避難訓練から見えてきた、複雑な地形ごとの対応策
「南伊勢町というのは分析を進めれば進めるほど、難しい場所です」と森田氏。複雑に入り組んだリアス式海岸地形ゆえ、湾によって災害時の対応策も少しずつ異なってくることが、調査結果によりあらためて明らかになった。 12月上旬には、南伊勢町の3地域で、避難訓練時の調査結果について最終報告会を実施。5つの湾における調査結果より、湾内にいるケースでは陸上避難が望ましい場合が多いこと、一方外洋や外洋付近にいる場合には、港に戻るより70mの水深海域に到達する所要時間の方が短くなることなどがデータとともに示された。 また母港が遠い場合には、最寄りの港を目指すという避難方法も必須。マップを見れば、どの港を目指すべきかが一目でわかる。見知らぬ港に船を係留したとしても、迷うことなく陸上避難ができるように、避難経路を明快に掲示することも重視。「南伊勢町では漁業者が自分たちで看板を設置できるので、協力し合って積極的に目印を示していければ」と瀬古さん。少しでも早く陸に上がれるよう、港が湾の奥にある場所には桟橋を設置する案も提示された。 また漁業者側からは「今回は訓練ということで地震通報ツールを意識していたが、仕事中だと気付かない可能性が高い」という懸念も。「まず、地震発生にいかにして気づくか」という課題が浮き彫りになり、より実用性の高い防災無線機の開発を企業に働きかけるといった対応策も行政側から示された。