「“隠れる”ことでうまく生きる」古内一絵×平埜生成『東京ハイダウェイ』
足を運べる非日常を描きたい
――古内さんの新刊『東京ハイダウェイ』は、さまざまな屈託を抱えた六人の主人公たちが自分だけの隠れ家にめぐりあい、自身の生き方を見つめ直していく連作短編集です。平埜さんはお読みになってどんな感想を持たれましたか? 平埜 いやもう、本当に面白かったです。これまでの古内さんの作品とは一味違う印象も受けたんですが、それは物語の舞台が東京都内であることが大きいのかなと。僕は東京で育ち、東京を中心に活動しているので、自分が行ったことのある街や場所がいっぱい出てきたんですよね。これまでの作品でも、自分や現実とリンクする瞬間はたくさんあったけれど、『東京ハイダウェイ』はその境界線がもっとシームレスで、どこからが現実でどこからが小説なのかわからなくなるような、不思議な感覚に陥りました。 衝撃的だったのが、「眺めのよい部屋」の話。主人公の久乃(ひさの)が、自分にとっての隠れ家でもある東京国立近代美術館にお母さんと一緒に行くじゃないですか。そのときにやっていたのが大竹伸朗(おおたけしんろう)展だったわけですが、僕もあの展覧会に行っていたんですよ。 古内 ええっ! すごいですね、シンクロが。 平埜 だから、小説を読んでいるんだけど現実と繫がる部分が多すぎて、僕も久乃たちとすれ違っていたかもしれないなって。そういう、これまでにない感覚が湧き起こってくるところが、読んでいてすごく面白かったです。 古内 「マカン・マラン」とかだと絶対に行けないものね。 平埜 あのカフェ、すごく行きたいけど(笑)。 古内 行きたいけど架空の場所だから行けない。じゃあ今度は実際に行けるところにしてみようかなと思って、『東京ハイダウェイ』を書いたというのはあるんです。 平埜 そうだったんですね。 古内 あと、東京ってお金がないと楽しめない街だと言われたりもしますよね。でも、実際に私自身が東京を歩いて回ったときに、そんなことないんじゃないかなと思ったんですよ。それが、この作品を書こうと思ったもう一つのきっかけでした。 私、会社員時代は映画に関わる仕事をしていたんですが、すごくハードだったので、土日はずっと寝ていて全然どこにも行けなかったんです。でも、私のパートナーがジョギングが趣味で、私が作家になったとき、「会社を辞めたなら一緒に走ろうよ」と誘ってくれたんです。最初は面倒臭いなぁと思っていたんですけど、走ってみたら結構気持ちよくて。皇居の周りや代々木公園を走ったあと美術館に行ったりして、いろんな場所を巡るようになったら、東京って面白いなあ! と改めて気づいたんです。 平埜 素敵ですね。 古内 作中にも登場しますが、上野に行くと、奏楽堂(そうがくどう)も国際子ども図書館もありますからね。 平埜 全然知りませんでした。僕、科学博物館とか美術館とか動物園には行っているのに、そっちには行ったことがない。 古内 奏楽堂は東京藝大の院生や学生が演奏するコンサートが入館料の三百円で聴けるし、子ども図書館はもともと帝国図書館だっただけあって、建物の意匠が素晴らしいんです。一日いても飽きないし、無料で過ごせるし。あとはもちろん、このみなと科学館のプラネタリウムですよね。平日のお昼に無料で上映しているというのを知って驚きましたから。 平埜 すごいですよね。近くで働いていたら毎日通いたくなる。 古内 本当に。こんな都心のオフィス街で、お昼に二十分ぐらいぼうっと星空を眺めていられるところがあるなんて。東京って、探してみたら実はこんな宝箱みたいな場所がたくさんあるんだと知って、それで「ハイダウェイ=隠れ家」というテーマで書きたいと担当編集さんにご相談したんです。そこからは、「あなたにとっての隠れ家は?」というアンケートをとったり、隠れ家的な場所を取材させていただいたり。私、もともとプラネタリウムが好きだったんですが、改めてみなと科学館さんにも取材をさせていただきました。 平埜 第一話「星空のキャッチボール」の主人公・桐人(きりと)と、同僚の璃子(りこ)が訪れるのがこの場所なんですよね。実は、僕もプラネタリウムは大好きなんです。 古内 いいですよね。実際、「おひるのプラネタリウム」に来てみると、スーツ姿のサラリーマンと思(おぼ)しきお客さんも多いんです。広報担当の方にもお話を伺ったのですが、正直お昼寝をしにいらしている方も結構いらっしゃると。でも、それもすごく素敵なことだなと思ったんですよ。 平埜 確かに。みんなが思い思いの時間を過ごせるのはいいですよね。 古内 アンケートは担当編集さんがすごく頑張ってくださって、かなり幅広い年齢層の方から集めることができました。そのなかに、「好きだった人が早逝してしまって、その人に夢で会うことが私の隠れ家です」と書いていた方がいらして。それがとても印象的だったので、実際に会ってお話を伺い、登場人物のモデルにさせていただきました。 平埜 そういった創作スタイルで、毎回執筆されているんですか。 古内 取材はかなりするほうだと思います。とにかくたくさん取材しながら書く。だからアンケートをとらせていただくことも多いんですが、そこでいつも思うのは、平凡な人なんて本当に一人もいないということなんですよ。みなさん、ものすごくドラマや物語を持っていらっしゃる。今回の『東京ハイダウェイ』の取材でも、自分が考えていただけでは到底思い浮かばなかったような隠れ家がたくさん出てきました。 平埜 想定していなかった発見があるのは面白いですね。 古内 取材しながら書かせてもらえるのは、とても恵まれたことだと思います。いろんな経験をさせてもらえるし、世界も広がる。一方で、いざそれを書くという段になると、きちんと物語に昇華させられるだろうかと怖くなったりもします。せっかく大事なお話を伺ったのだから中途半端なものは書けない。そう覚悟をもって臨んでいますが、やはりプレッシャーも常に感じますね。でも、『東京ハイダウェイ』は私自身、満足のいくものが書けたなと思っています。