イギリスで壮大な「国民IDカード」構想がまさかの頓挫! 政府はなぜ根拠に乏しい計画を強引に進めようとするのか
日本ではマイナンバーカードが導入されて様々な面で議論を呼んでいるが、イギリスでは21世紀に入り、「国民IDカード」制度を導入しようと奮闘したことがあった。しかし計画は思わぬ形で挫折してしまう。いったい何が原因だったのだろうか? 話題の書籍『ヤバい統計』から一部を抜粋して紹介する。 「国民IDカード」が導入されれば、暴力的なサッカーファンたちにも対処できる
なぜ「国民IDカード」が必要なのか
2001年9月11日、米国同時多発テロが起きた。英国内務大臣のデイヴィッド・ブランケットは、見るからに神経を尖らせていた。「同様のテロ攻撃が英国内で起こらないようにするために、内務省はどういった対策をしているのか」と、繰り返し尋ねられていたからだ。 内務省ではさまざまな案が飛び交い、激しい議論が繰り返されていた。案が書かれたメモの嵐のなかには、書類棚の奥から誰かが見つけて引っ張り出してきた昔の案もあった。 それは、英国に居住するすべての人に国民IDカードを持たせるというものだった。 ブランケット内務大臣は、その案を推し進めることにした。国民IDカードを導入すれば、個人情報の窃盗という「商売道具を手にするためのテロ集団のお家芸」を防げて、テロ活動との戦いに役立つのに加えて、薬物犯罪、人身売買、売春の阻止にも効果がある、というのが大臣の主張だった。 また、政府によると、テロ集団以外の犯行も含めた個人情報窃盗への国の年間対策費用は13億ポンド(約2461億円)にものぼっていて、国民IDカードはそれらの犯罪の防止にも役立つという。 さらに、年額およそ5000万ポンド(約95億円)にのぼる給付金詐欺のみならず、不法就労、不法入国、国民保健サービスでの無料医療を目的とする入国および、資金洗浄の防止にも効果が期待できる(毎年発生していた3億9000万ポンド(約738億円)の損失を防げる)ということだった。 国民IDカードの構想が初めて持ち上がったのは、はるか昔のことだ。だが、この政策を推進するにあたって、これほど多くの利点がうたわれたのは初めてのことだった。 英国では第二次世界大戦中、人々が国民IDカードを携帯するよう義務づけられていたが、戦後まもなく廃止された。 その後、再び国民IDカードの導入が検討されるようになったのは、1980年代に入ってからだった。そのときの理由は、「暴力的なサッカーファン」と「一般的な犯罪」に対処するためだった。