伊那谷楽園紀行(3)プロローグ:不景気の時代に進化した「地方への逃亡」
会社を地域別に分社化。勤務地を限定した社員を採用するなど、会社の機能を分散してコストを削減する。これら組織のリストラに併せて通信システムの発展によって、もう東京に住む必要もなくなるのだと考えられていたのである。たとえ、収入は都会で暮らしていた時よりも減少しても、東京よりは精神的に豊かに暮らせる。むしろ、これから発展するのは地方のほうであるという幻想すらあった。 ところが、その目論見は21世紀初頭からのインターネットの普及による社会の変化によって、ことごとく打ち砕かれる。東京一極集中が加速するばかりか、人口減と相まって地方は疲弊し、崩壊していくステージに突入していった。 どこか、耳触りのよい言葉で覆い隠されていた、地方に住んで収入が少なければ、否応なしに「下流」であることを意識せざるを得なくなってきたのである。そして、ブログやSNSの普及で、ダイレクトに知られるようになった田舎のネガティブな部分。『月刊宝島』2008年2月号では、秋田県の山村に移住して9年目を迎えた家族連れに取材をしている。 そこでは、90年代には見られなかった率直な田舎暮らしの実情が記されている。埼玉から引っ越してきた当初は「こんな寒くて辺鄙な場所に引っ越してくるとはオウム真理教の残党だろう」と、噂の的に。ようやく地域に受け入れられても、収入は少ない。夢だった養鶏農家を始めたが、5歳と1歳の娘を抱えて収入は月10万円程度。日記には「田舎暮らしは思った以上にカッコ悪い」と書かざるを得ない。 それから既に10年あまり。現在はどうしているのだろうと調べて見たら、一昨年に出版された書籍の情報を見つけた。その紹介文には、こう記されていた。 > 目標年収一二〇万円いまだならず。 > 地方移住に、バラ色の未来などない。