毎年日本上空にやってくる「亜熱帯ジェット気流」…「忌み嫌われる季節」が日本にもたらす全生命への「極上の恵み」
---------- 「謎解き・海洋と大気の物理」、「謎解き・津波と波浪の物理」で知られるサイエンスライター保坂直紀氏による『地球規模の気象学』。 風、雲、雨、雪、台風、寒波……。すべての気象現象は大気が動くことで起こる。その原動力は、太陽から降り注ぐ巨大なエネルギーだ。 赤道地域に過剰に供給された太陽エネルギーは大気を暖め、暖められた大気は対流や波動によって高緯度地域にエネルギーを運ぶ。 ハドレー循環やフェレル循環、偏西風が、この巨大な大気の大循環の中心を形作る。大気の大循環を理解すれば、気象学の理解がより深まるはずだ。*本記事は、保坂 直紀『地球規模の気象学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。 ---------- 【画像】世界中の雲の生成を計算して、台風の動きを予測する!
対流圏の中緯度は西風の世界
対流圏でみられるマクロスケールの大気の流れでまず押さえておきたい点は、さきほどの偏西風とハドレー循環の話でわかるように、低緯度の大気循環と中高緯度の大気循環とでは、その様子が大きく異なっていることだ。低緯度では大気の上昇と下降、それと南北向きの流れが基本になっている。それに対し、中高緯度では東西方向の流れが支配的だ。 まず、地球上で吹く東西方向の風の速さをみてみよう。 東西方向の風といっても、風はふつう真東や真西に向かって吹いてはいない。たとえば北東向きの風は、北と東のあいだに向けて吹く。北向きの程度と東向きの程度がおなじとき、すなわち北向き成分と東向き成分の大きさがおなじとき、それが合わさってこの風は北東に向く。 もし、風が東北東に向かっていれば、北向きの成分に比べて東向きの成分が大きい。さきほどの北東向きの風と速さがおなじならば、この東北東向きの風のほうが、東向きの成分は大きくなる。いまここでみていくのは、この東向きの成分だ。 図1─4は、上空を12~2月に吹く風の東向き成分が、緯度と高度でどのように変化しているかを示している。 この図でなんといっても特徴的なのは、南北の緯度30~40度、高度12~15キロメートルのあたりに、とても強い西風が吹いている点だ。これが第3章から先で説明するジェット気流だ。ほぼ一定の緯度に沿って、地球をぐるりと一周している。ジェット気流を中心とするこの東向きの大気の流れを「偏西風」ということは、すでにお話しした。冬の北半球でも夏の南半球でも風の向きは東向きだ。 北半球の夏、南半球の冬にあたる6~8月の東向き成分もみておこう(図1─5)。中緯度上空にジェット気流が存在することに変わりはないが、北半球ではかなり弱くなっている。北半球のジェット気流は、冬に強く夏には弱い。南半球のジェット気流は、北半球ほど季節による違いはない。 いまお話ししたジェット気流は「亜熱帯ジェット気流」とよばれている。あとで述べる「寒帯前線ジェット気流」のように大きく蛇行することもなく、年間を通じて安定して流れている。 日本列島の上空にも、この亜熱帯ジェット気流はやってくる。北半球の亜熱帯ジェット気流は、冬に比べて夏は北を流れる。梅雨の時期にちょうど日本列島の上空にさしかかり、さらに北上して日本列島がその南側に入ると、夏になる。 対流圏の中緯度には、もうひとつ、さきほど触れた「寒帯前線ジェット気流」あるいは「寒帯ジェット気流」「亜寒帯ジェット気流」とよばれているジェット気流がある。 寒帯前線ジェット気流は、亜熱帯ジェット気流より高緯度の60度くらいの位置にできる。だが、図1─4や図1─5からその存在を読み取ることは難しい。なぜか。 それは、寒帯前線ジェット気流は流れる道筋の変動が激しいからだ。地球を一周する途中で途切れてしまうこともある。蛇行しすぎて、一部が西向きに流れてしまうことさえある。したがって、たとえば3ヵ月の平均をとると、時とともに変化するさまざまな道筋が相殺されて、「平均像」としてはでてきにくい。1週間といった短期間の平均なら、その姿を確認できる。逆にいうと、亜熱帯ジェット気流は長期にわたってとても安定しているのだ。 このように、「時間」や「空間」について平均をとった「平均像」には注意が必要だ。たとえその地域に夏は強い東風、冬には西風が吹いていたとしても、年間の平均をとれば、ほとんど無風という「平均像」が得られるかもしれない。もちろん季節ごとの平均をとれば、その実像は表現されるだろう。場所によって異なる現象が混在する場合、それをたとえば東西方向に平均して得られた像についても同様だ。個々の現象が隠れてしまうことがある。 中高緯度の大気の平均的な流れは、南北方向の成分に比べて東向きの成分が圧倒的に大きい。この本でおもに扱うのは、高度十数キロメートルまでの「対流圏」だ。その対流圏の中高緯度は、中緯度上空のジェット気流を中心とする西風の世界なのだ。