NYを襲った悲劇――9.11崩落ビルから無我夢中で離れると、「さっきまで隣にいた夫、ピート・ハミルの姿がない!」
小説『フォーエヴァー』のラストはこうして生まれた
その日からキャナル・ストリート以南は立入り禁止になったが、わたしたちのアパートは立入り禁止区画のなかにあったので、世紀のテロの取材を続けた。ダウンタウンは全域、電気もガスも水道もなく夜は真っ暗、燃え続けるトレードセンターの煙にむせぶようだったが、ワース・ストリート以北にあるわたしたちのアパートは電気もガスも水道も使えて普通に生活できた。 それでも漂ってくるあの何かが燃えたようなにおい。焼き場のにおいだという人も多かったが、それだけでない、ケミカルも混じった独特のにおいは長い長い間、忘れることができなかった。 ピートは完成したはずの長編歴史小説『フォーエヴァー』の手直しをしなければならなくなった。この本ではニューヨークの歴史を書いているのに、9.11抜きには終わらせられない。それから大幅な書き直しに取りかかり、1年以上かけて完成させた。 刊行された小説の中で、主人公は恋人を探して両タワーが崩れ落ちた跡を探しまわる。最後のシーンはわたしたちふたりの体験から生まれたのだ。 (第9回に続く) ※『アローン・アゲイン 最愛の夫ピート・ハミルをなくして』より一部抜粋・再編集。
青木冨貴子(アオキ・フキコ) 1948(昭和23)年東京生まれ。作家。1984年渡米し、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。1987年作家のピート・ハミル氏と結婚。著書に『ライカでグッドバイ――カメラマン沢田教一が撃たれた日』『たまらなく日本人』『ニューヨーカーズ』『目撃 アメリカ崩壊』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く―』『昭和天皇とワシントンを結んだ男――「パケナム日記」が語る日本占領』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。ニューヨーク在住。 デイリー新潮編集部
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