NYを襲った悲劇――9.11崩落ビルから無我夢中で離れると、「さっきまで隣にいた夫、ピート・ハミルの姿がない!」
「ここから出してくれ、ワイフがいないんだ」
9時59分、ピートは南タワーからポン、と裂けるような音を聞いた。同時に小さな爆発が起こり、壁が膨らんで破裂し、雪崩のように崩れ落ちてきた。 「走れ!」 隣のフキコに声をかけた瞬間、崩れ落ちたタワーから25階分の高さもあると思われる灰が流れ落ちてきた。ピートは警官に誘導されてヴェッシー・ストリート25番地の建物に駆け込んだ。ところが、ビルに入ってみるとフキコがいない。ロビーから表に出ようとすると灰に包まれたガラスのドアは開かない。 彼は妻の名前を呼び、ここから出してくれ、ワイフがいないんだ、頼むからと叫ぶと、誰かがドアを開けるなと大声で叫んだ。 その建物の管理人が地下に別の出口があるというので地下へ降りていったが、出口などなかった。冷水機があったので灰を飲み込んだ口をゆすぎ、墓穴のような地下室から逃げ出してフキコを探そうと思った。 「こっちへ来い!」 誰かが叫んだので再びロビーへ戻ると、全身白いパウダーに覆われた警備員が唾を吐き、咳き込んでいた。まるでホラー映画のようだった。 警備員がガラスドアを壊して外へ出られるようにしてくれた。なかにいたのはほんの14分くらいだったが、1時間もいたように感じた。 表へ出てみると通りはすっかり白い粉に覆われていた。警官も歩行者も白人も黒人も女性もみんな白い亡霊のようだった。タワーからはまだ白い灰が襲ってきた。ピートは2インチも灰に覆われた通りをブロードウエイに向かって走った。 シティホール公園もすっかり灰に覆われ、白い紙が至るところに散らばっていた。株の購買、ステートメント、請求書、領収書、粉々にされた紙吹雪。灰で髪が白くなった黒人女性が呆然と立ち尽くし、アジア系の女性は顔面がパウダーで真っ白。でも、フキコはいない。 彼は通りを進む大勢と一緒にブロードウエイを北へ向かい、やっとアパートへ着いた。ちょうどわたしがドアから出てきたところだった――。 わたしたちは長い間ハグした。ああ、無事だった。