米大統領選、北海道育ちのアメリカ人が語る日本が外交で懸念すべきことと首相へのアドバイス
11月5日のアメリカの大統領選挙まであと残りわずかとなりました。 現在、民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の間で激しい接戦が繰り広げられていますが、大統領選挙の結果は日本にどのような影響をもたらすのでしょうか。 北海道で育ち、地政学リスク分析会社ユーラシア・グループなどを経て現在は日米交流団体ジャパン・ソサエティー理事長のジョシュア・ウォーカー氏に大統領選挙終盤での注目点、日米関係や世界へ与える影響について聞きました。 ――大統領選挙まであと少しとなりました。現在の状況をどう見ていますか。 最も重要なのは、激戦区です。現時点で言えば勢いはトランプ氏にあると思うので、激戦区ではトランプ氏が有利だと思います。全米レベルでは人々は誰に投票するかは既に決まっていると思いますが、どちらの候補者も好きではなく、投票しないという選択をする人もいます。 ですから今、両党にとって重要なのは、支持者に必ず投票してもらうこと、そして自分たちの党に好意的な人に最終的に投票してもらうことなのです。 ――今回の選挙では多くの女性はハリス氏を、男性はトランプ氏を支持し、ジェンダー選挙とも呼ばれています。中絶の権利を巡っては真っ向から対立してもいます。選挙結果にどう影響するでしょうか? 妊娠中絶の話は民主党にとっては強力に打ち出したい議論です。ただ、一般的に女性たちは自分たちの身体についての選択権に強い思いがありますが、必ずしも男性にとってこの問題は最優先事項ではないと思います。 トランプ氏が見せようとしているのは、男性が男性的であることで、それが「アメリカを再び偉大にする」ことにつながっています。私はトランプ氏を支持してはいませんが、私のような白人男性の中には、圧倒的にトランプ氏を支持する人も多いです。アメリカ政治において白人男性は今まで優位的な立場にあったため、オバマ氏に次いで二度も白人男性ではない人物を大統領に選べば、社会における自分たちの立場が何らかの形で損なわれてしまうのではと恐れているのだと思います。 歴史的に見て、アフリカ系アメリカ人は民主党において重要な支持基盤になっていますが、黒人男性は圧倒的にオバマ氏を支持した一方で、ハリス氏はそこまでの支持を得られていません。 ――現在の経済状況が選挙戦に与える影響をどう見ていますか。 もしハリス氏が負ければ、バイデン・ハリス政権の経済政策について十分に説明できていなかったということになります。というのも、アメリカ経済はとても好調ですが、食料品などの物価高で人々はあまり景気が良いと感じていません。ですから、現職の政治家は不利です。 ハリス氏は自分がバイデン大統領とは違うことを示そうとしていると思いますが、あまりうまくいっていません。一方、トランプ氏は「現政権は経済を破壊している。私が立て直す」と単純な発言を繰り返しているだけです。 トランプ氏が経済に強いと見られている一番の理由は、経済人としてたくさんのビルを建て、手広くビジネスを行ってきたことがあるから。もしトランプ氏が勝つのであれば、それは経済に強いと見せたいトランプ氏が巧みだったということでしょう。 トランプ氏は予測不可能かもしれませんが、私が今まで出会ったリーダーの中では最も予測可能なリーダーです。「お世辞」「もてなし」「存在感」「お金」。アメリカの大統領が買収されることは望みませんが、トランプ氏と付き合うのは簡単なのです。 トランプ氏の「アメリカ第一主義」は実は日米関係と非常に合致しています。例えば日本が防衛費を増やそうとするなら、アメリカの武器を買うことになるわけです。アメリカの貿易赤字の解消につながりますが、日本の支出は増えてしまいます。トランプ氏の大きな特徴は、自分に利益をもたらしたいという取引主義であることです。 ――日本が外交関係で懸念すべきことはありますか。 日本がトランプ氏を動かすためにできることはすべて中国の方が上手くできる、ということです。もし自分を偉大なリーダーに見せようとするなら、北朝鮮や中国のような敵とみなす国に対し電撃会談など、普通はやらないことをする方が目立ちます。トランプ氏は大きな取引をした人として、人々の記憶に残りたいのです。日本との取引はそれほど大きなものにはなりません。残念ながら日米関係は少し退屈なのです。その点、難しい中国との取引はとても刺激的です。ですから、もし中国の指導者が同じくらい賢くて狡猾で、すぐにこうしたチャンスを利用するのであれば、注意しなければなりません。 ハリス氏は大統領として、より伝統的だと思いますし、親同盟派です。トランプ氏は反同盟派ではありませんが、「私のために何ができる?」「もっと払えるか?」と言うでしょう。日本はこれまでアメリカと多くのことを成し遂げたにもかかわらず、トランプ氏は、自分にとってのさらに良い取引がほしいのです。 ―日本企業はトランプ氏やハリス氏にとってどういう存在でしょうか。 日本のビジネスや日本経済はアメリカにうまく馴染んでいるので、トランプ氏にもハリス氏に対してもとてもよいポジションにいると思います。日本企業の一番の投資先はアメリカなので、どちらの候補者にとっても助けになる。日本の企業で働く人がアメリカに100万人もいて、多くの日本の投資を受けているわけですから、それらをうまく使えば大統領を日本に近づけることもできます。日本は、従属的で弱い立場になる必要はないのです。 ―日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を巡っては、計画を審査するアメリカ政府の対米外国投資委員会(CFIUS)が国家安全保障上の懸念を示しましたが、買収の可否を巡る判断は大統領選後になりそうです どちらの候補が勝つにせよ、日本製鉄の件は実現する可能性が高いと思います。というのも、アメリカと日本にとって、アメリカの鉄鋼はあまりにも重要だからです。代替案がないことも明らかになっています。日本製鉄がUSスチールを買うか、USスチールが倒産するかのどちらかなのです。ただ、労働組合や政治的な問題から、高い代償を払うことになりそうです。取引の前にもっとできることがあったはずです。普通は相手方のCEOと話をするものですが、選挙の年の取引はそれではダメなのです。メディア、ビジネス、労働組合、政治、そして社会への戦略といったあらゆる戦略が必要だったと思います。 ――大統領選後の対応について、日本の総理大臣へのアドバイスをするとしたらどのようなことでしょうか。 もし私が首相にアドバイスするとしたら、次期大統領が決まったらすぐに会いに行くべきだということです。そして行くなら世界中のどの国もやっているようなアメリカに対する自国の問題についての議論ではなく、次期大統領にとって、日本がどのような価値のある国なのかということを議題にすべきだと思います。 ――日本が価値ある国だと見せるにはどのようなポイントをアピールすればいいのでしょうか。 日本の首相は、もっと積極的な安全保障を考えるべきです。といってもそれは、軍事・防衛の安全保障のことではありません。 日本は文化への投資が不足しているように感じます。もし大谷翔平、ドラゴンボールZなど人気があるなら、それらを使うべきです。そこに投資する少額のお金は、軍事力よりもはるかに大きなリターンとなります。大事なのは、日本の経済界は自分たちが思っている以上に大きな力を持っているということ。日本はいまだに冷戦時代に生きていて、そこでのパワーはハードパワーによって定義されますが、これからはソフトパワーがもっと重要になり、日本のそうしたパワーへの理解がより価値を生む世界になるのだと思います。 日本の首相は、アジア版NATOや安全保障費について心配するより、日本が世界に何をもたらすかについてもっと時間を割くべきです。アメリカは世界のトップでなければならないと思っていますが、日本にはナンバーワンになろうという野心はありません。でも、料理、建築、芸術、文化、アニメに関してはオンリーワンなのです。もっとそういうところに投資をすべきです。そして、どうすれば日本が独自の価値をもたらすことができる世界になるのか考えるべきだと思います。