欧米の独占市場に風穴 商船三井、世界5強の一角へ。海からガス供給。新興国のエネルギー転換支える 連載(上)
商船三井が海上から陸上にガスを供給するFSRU(浮体式LNG〈液化天然ガス〉貯蔵・再ガス化設備)事業を急速に拡大している。香港で稼働中の世界最大のFSRUをはじめ、新造発注残を含めて関与隻数が10隻に到達。アジア唯一のFSRUオーナーオペレーター(保有兼操業会社)として存在感を高めており、経営計画「BLUE ACTION 2035」(BA2035)が掲げる「海を起点とした社会インフラ企業」のビジョンを体現する事業として、高度なプロジェクトマネジメント力を発揮している。 「当社グループの持続的成長を支える中核事業として存在感を発揮し続けたい」 商船三井液化ガス事業群第三ユニットの馬田親輔ユニット長はFSRU事業についてそう語る。 「世界最大級の船隊を誇るLNG輸送事業に加えて、FSRUをはじめとする『LNGインフラ事業』の厚みを持つことで他社と差別化し、お客さまに価値あるサービスを提供できる」(馬田氏) FSRUの主要オーナーオペレーターは現在、世界で5社。 ノルウェー系の「ホーグEvi」「BW LNG」「エネルゴス」、米国の「エクセラレートエナジー」という欧米勢に対し、アジアから唯一、商船三井が名を連ねている。 FSRUは保有だけでなくオペレーション(操業)まで手掛けなければ、プロジェクトの組成・実行・管理のノウハウを蓄積できず、真の事業者としての成長は望めない。 しかしエネルギー供給インフラであるFSRUは事業者選定の入札において過去のオペレーション実績が重視される。つまり新規参入のハードルが極めて高い。 馬田氏は「香港プロジェクトの成功が大きな一歩となった」ことを強調する。 商船三井は2019年、香港でのFSRUの操業契約を受注。昨年6月からLNGの受け入れを開始し、欧米勢に独占されていたFSRUオペレーター市場へのブレークスルーを実現した。 香港で稼働中の世界最大のFSRU「Bauhinia Spirit」(旧MOL FSRU CHALLENGER)はもともと、ウルグアイ向けに建造されたが、契約先の変更や短期契約投入などを経て、香港での長期用船、操業契約が決まった。 「かなり苦労を重ねたが、一連の経験を通じてさまざまな知見を蓄積できたことが、現在までの事業拡大につながった」(馬田氏) ■世界5カ所で操業 オペレーターとしての一歩を踏み出した商船三井は、過去5年間でFSRUフリートを着実に積み上げている。 商船三井が現在関与している稼働中のFSRUは8隻。このうち香港とインドネシア、トルコ、セネガル、ブラジルの5カ所でオペレーションを担っている。 さらに新規契約案件として、今年4月にポーランド国営ガス会社から新造FSRUの保有・オペレーション事業を受注し、欧州市場に進出。10月にはシンガポール初のFSRUの長期契約を成約した。 馬田氏は商船三井の強みについて「LNG輸送における業界での圧倒的な存在感が顧客の信頼につながっている。さらに顧客の所在地と大きな時差がない拠点を構えているのも安心感を提供できている」と指摘する。 香港とインドネシアでは自社保有FSRUが長期用船契約に基づく自主操業を展開し、アジアの大都市へのガス供給の一端を担う。 セネガルとブラジルでは、トルコのカラデニズグループとの合弁事業KARMOLによる発電船とFSRUを組み合わせた「洋上LNG発電事業」を展開。トルコでは国営石油・ガス会社ボタシュからオペレーション事業を受託している。 さらにKARMOLは現在、シンガポール造船大手シートリアムのアドミラルティ造船所で洋上LNG発電船向けに複数のFSRU改造工事を進めている。 ■EPCを担う ガスサプライチェーンの要であるFSRUはプロジェクト管理の難易度が一般商船と比べて格段に引き上がる。 「再ガス化装置を搭載した船をただ準備すればいいわけではない。FSRUを適切に機能させるためには営業、法務、技術、海務など各部門が事業要件を深く理解し、現地の法規制への対応や、FSRUの仕様を調整するなどのお客さまとの調整を細かく重ねて実現につなげるプロジェクトマネジメント能力が求められる」(馬田氏) 一般商船の新造船は竣工まで造船所にほぼ任せることができるが、FSRUは1隻ずつがプロジェクトの特性に合わせたオーダーメード。このため、発注者である商船三井がEPC(設計・調達・建造)に関与し、全体のプロジェクトマネジメントを担う。 改造工事ではドナー船(改造対象船)の調達や長期係留に対応した長寿命化工事など、これまでのオペレーション実績で蓄積した知見も試される。稼働後のオペレーションにおいてもガスの安定供給を万全とする運営体制と契約の管理・遂行能力を高い次元で発揮しなければならない。 ■欧州市場に進出 4月に成約したポーランド向け案件は東京本社と欧州・アフリカ地域組織MOLヨーロッパ・アフリカ(MOLEA)が連携して交渉にあたった。経営計画「BA2035」の柱の一つ「地域戦略」の成功例と言える。 ポーランド国営ガス会社の信頼を勝ち得て受注に至った背景には、同プロジェクトが求めるFSRUの仕様が非常に高度な信頼性を求めており、高い技術を持つ造船所との緊密な連携が不可欠だったことがある。 「今回の建造ヤードのHD現代重工業(韓国)とのパートナーシップによって当社技術部に蓄積されていたノウハウをフルに発揮でき、ポーランドの人たちが求める高仕様を実現するFSRUの設計につながった。ここが受注において本当に大きかった」(MOLEA小林潤ゼネラルマネジャー) 造船所の協力を引き出した原動力には、商船三井のLNG船での豊富な建造実績に基づく長年の協力関係があった。 「当社の総合力を発揮して今ようやく、先行する欧米のFSRUプレーヤーに追いつきつつある。LNG輸送事業と同様に、FSRUでもティア1プレーヤーとして認知されたと感じている」 MOLEAの望月陽コマーシャルマネジャーはそう手応えを語る。
日本海事新聞社