観客ひとり一人が自由に想像できる時間を── 咲妃みゆ×松岡広大が音楽劇『空中ブランコのりのキキ』で目指すもの
瀬奈さんの優しさが作品に不可欠
――おふたりのほかにも気になる登場人物がいろいろ出て来ますが、中でも観客への“語り”をはじめとする多役を担う瀬奈じゅんさんの存在は、作品の大きな要のように感じます。 咲妃 本当に、瀬奈さんがいてくださるだけで安心します。私にとっては同じ劇団出身の先輩という安心感がありますし、それを抜きにしても、瀬奈さんご本人のお人柄が、この作品をとても温かく、丸く包んでくださっている感じがして。最初に舞台上に登場なさって、お客様をお話にグッと引き込む役割を担っていらっしゃるんですが、私、あのシーンがすごく好きなんです。 松岡 一番最初に出て来て、しかも客席に向かって喋るなんて緊張するじゃないですか。そんな緊張を感じないくらい、楽しそうにやられているんです。 咲妃 そうなの! すでにアドリブも入れてやっていらっしゃって(笑)。稽古場でも(野上)絹代さんに「ここはどういうことですか」「こうするのはどうでしょう」と積極的に作品について質問される姿勢を見て、私はすごく学ぶことがあります。私がピピを演じる時に、優しく頭を撫でてくださるのですが、もう信じられないくらい体の力が抜けるんですよ! 瀬奈さんの優しさがこの作品には不可欠で、おかげでキキとしてもピピとしても思う存分呼吸が出来るし、考えを巡らすことが出来るので、本当に感謝ですね。 松岡 僕も同じ気持ちです。瀬奈さんがすごく稽古場を豊かにしてくださいます。皆の前で「私はこう思うけど、どう思いますか」って問いかけるのは勇気のいることだけど、瀬奈さんは聞くタイミングが鋭いんです。台本をすごく読み込んでいらっしゃるからこそ、その視点からその言葉が出てくるんだな、というのが伝わってくるので本当に素晴らしいなと思います。 ――先ほど、別役作品の融合によってメッセージがより際立つというお話を伺いましたが、おふたりが本作から感じ取っていることとは? 咲妃 「価値観は人それぞれ」ということですかね。キキもロロも、ほかのキャラクターたちにもそれぞれの意思、信念があって、それぞれの人生の過程で交わるけれど、思考のすべてまで交わることはないと。それぞれの思いを尊重してこその世界、というところに今はたどり着いています。「自分の物差しで人を判断することは、はたしていいことかな?」と考えさせられますし、大きなメッセージに私は感じますね。 松岡 難しいですね。僕が現時点で言えるのは「しょうがない」ということです。もう、ままならないことはままならない、絶対的なものは何もないということ。それはあらゆる二項対立に言えると思うんです。どっちも正解だし、どっちも間違いだよねと。別役さんの童話や戯曲を読んでいると、そこを断定しないグレーな部分、あるいは中庸という言葉とはまた違った選択肢の広さを感じるんです。「絶対的なものは何もない」って言われた時に、僕は安心します。どちらかに揺れていてもいいよ、というぐらつきが、とても人間的に描かれているなと感じます。 ――おふたりのお話を伺っていると、サーカスの入口からとても深淵な、哲学的な世界が覗けそうです。“せたがやアートファーム”という素敵な名前のフェスティバルで、どんな体験が待っているのか、楽しみです! 咲妃 絹代さんが「ご覧になった大人の方が終演後、“そっと頭を撫でられたみたいに、フッと心が軽くなった”と感じてくださるのが理想です」とおっしゃっていて。その柔らかい目標が、しっかりとした芯になってこのカンパニーに根付いていると感じます。この作品に触れる時間が重なるほど、私の心のファームも徐々に豊かさを増しているように思いますね。私はこの作品が、ご覧くださる方の、そして届ける我々のカウンセラーになってくれるといいなと思っています。舞台をご覧になるというより、ちょっと心を休めにいらしてください。 松岡 皆さんそれぞれの農園に、種を蒔き、水をやったらどんな作物が育つのか。今回のお話をいただいた時に“アートファーム”と聞いて、その比喩はとても素敵だなと思いました。僕たちも今、稽古場で開墾中です(笑)。どんな種を蒔いたらいいのか、どれが芽を出すかは今はまだ分かりませんが、最終的には、ご覧になった方それぞれの花が咲くといいなと思います。皆さまが自由に想像できた時、その方々の中に豊かさが増すと思うので、そんな時間を体験してもらえることを、心から願っています。 取材・文:上野紀子 撮影:You Ishii ヘアメイク:[咲妃]千葉万理子/[松岡]堤紗也香 スタイリスト:[咲妃]國本幸江/[松岡]九(Yolken) <公演情報> せたがやアートファーム2024 音楽劇『空中ブランコのりのキキ』 構成・演出:野上絹代 音楽:オオルタイチ 脚本:北川陽子 サーカス演出監修:目黒陽介 出演:咲妃みゆ 松岡広大/玉置孝匡 永島敬三 田中美希恵/谷本充弘 馬場亮成 山下麗奈/瀬奈じゅん サーカスアーティスト:吉田亜希 サカトモコ 長谷川愛実 吉川健斗 目黒宏次郎 【東京公演】 2024年8月6日(火)~8月18日(日) 会場:東京・世田谷パブリックシアター 【姫路公演】 2024年8月31日(土) 会場:兵庫・アクリエひめじ 中ホール