増え続ける業務で「また残業か...」 管理職の罰ゲーム化に、企業が無関心を貫くワケ
「罰ゲーム」をどう攻略するか
――会社が状況改善のために「何もしてくれなかった」場合、管理職はどう行動すべきでしょうか。 【小林】本書で私が伝えたかったメッセージの一つは、「完璧な上司」をめざす必要はない、ということです。誤解を恐れずに言えば、会社のルールや決まりに、必ずしも生真面目に従う必要はない、というのが私の考えです。 たとえば、最近は部下との1on1面談やフィードバック面談を導入する企業が増え、それが「管理職の負担」になっているとよく言われます。ところが、その1on1面談やフィードバック面談も、じつのところは、会社に言われた通りの方法でやる必要はないのです。 事実、研究者の私から見れば、「1on1」ではなく、「2on2」のほうが上司・部下双方にとって都合が良いケースもあれば、2週間に一度ではなく、1ヶ月で一度程度の面談で十分に事足りる場合もあります。 つまりは、「正解」は複数のパターンがあるわけで、会社側が指示する形式が「絶対的な正解」とは限らない。そうであるにもかかわらず、一つの「正解」のパターンしか経営者や人事部が知らないがゆえに、現場にそれを押し付けてしまうケースが散見されます。 本来であれば、パターンをいくつか管理職に示して、臨機応変に面談方法を選んでもらうのが理想的ですが、残念ながらそれができている企業は少ないのが実情です。 ――おっしゃるように、「画一的なルール」に苦しむ管理職は多いように思います。 【小林】ですから、優秀なマネジャーほど、「会社のルール」をあまり守らないのです。 たとえば、全国チェーンの小売店の「スーパー店長」などと呼ばれるマネージャーたちが何をやっているかというと、とにかくインフォーマルに部下やアルバイト店員に役割を渡すわけですね。 会社のルールは逸脱しても、「君、優秀だから発注作業も任せちゃおうかな」「仕事ができるから、シフト管理もお願いしようと思う」などと、相手側も嬉しくなるような任せ方をするのです。 会社のルールや目標は、それを社員が守ろうとするから、大きな「拘束力」をもちます。つまりは、多くの管理職が就業規則や数値目標などが「絶対的」にあると信じて、そのなかでもがき苦しんでいるわけですが、実際は順序が逆であると気付いてほしい。 個々人が会社のルールや目標を守り続けた結果、それを徐々に社員全員が「当然」だと思い、「変えられない」と思い込む――。これが現在多くの組織で起きていることなのです。 ――順序の逆転という意味では、まさしく、マルクス経済学で言う「物象化の論理」や、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」にも通じる考え方ですね。 【小林】おっしゃる通りです。じつのところ、私が用いている「罰ゲーム」というメタファーは、ウィトゲンシュタインの哲学をかなり意識しています。本書では内容を単純化するために「ルールをつくった人がいる」などという書き方にしましたが、真に伝えたかったのは、ルールを守る側こそがルールをつくり続けている、というまさに「ゲームの本質」です。 ――その意味では、自身の仕事を「罰ゲーム」と捉え、相対化することが、「管理職の罰ゲーム化」を防ぐ糸口になると言えそうです。 【小林】重要なご指摘です。ひと昔前であれば社会全体で、管理職をめざして苦労しながら昇進していくというストーリーが自明視されていました。「罰ゲーム」というメタファーさえ、成立しえなかったはずです。 しかしながら、現在は「管理職への出世」という決まったレール以外のキャリアも広がっており、人びとの意識も変わり始めています。 だからこそ、「これは罰ゲームでは」と指摘されると、「そうそう、そうなんだよ」と反応する「スキマ」が生まれ始めたように思います。本書はまさにその「スキマ」に光を差し込む本であり、その「スキマ」から、「管理職の罰ゲーム化」を攻略する力が生まれるものと信じています。
小林祐児(パーソル総合研究所上席主任研究員)