凄腕の女殺し屋(63)が「認知症」になっちゃった!? 面白すぎて一度開いたら止められない『邪悪なる大蛇』とは(レビュー)
一昨年、65歳の女殺し屋を主人公にしたク・ビョンモの韓国ノワール小説『破果』が翻訳されて好評を博した。そして今、『その女アレックス』などのベストセラーや、フランス最大の文学賞ゴンクール賞に輝いた歴史小説『天国でまた会おう』といった作品で知られるピエール・ルメートルの、「最後のミステリー」として話題を呼んでいる『邪悪なる大蛇』の主人公もまた63歳の女殺し屋なのである。しかも、認知症! マティルドは夫を亡くした後、犬とともに暮らしている。戦中は美貌と冷酷さで名を馳せたレジスタンスの闘士だったものの、今は当時の司令官だったアンリの指示で凄腕の殺し屋として暗躍している。ところが、そのマティルドの認知や記憶が時々歪むようになってしまうのだ。 最初のつまずきは経済界の重鎮モーリス・カンタンの暗殺。マティルドは大口径の銃で相手の股間と喉を撃ち抜き、彼が散歩で連れていたダックスフントまで殺してしまう。「きれいな仕事」とは言えない残忍な殺し方。アンリはマティルドに何が起きているのか不審を抱き始める。でも、彼女の暴走は止まらない。まったくの記憶違いから、何の関わりもない一般人女性まで殺害してしまうのだ。そればかりか――。 マティルドと互いに惹かれ合いながらもその関係には一線を引いてきたアンリ。連続殺人事件を調べる孤独な刑事ヴァシリエフ。作者はそうした事件関係者のプロフィールとエピソードを丁寧に追いながら、驚愕にして納得のラストシーンへと突っ走るマティルドのサイコパスぶりを黒い笑いにまぶして描きぬく。 もっ、とにかくマティルドのモーレツばあちゃんぶりが凄まじい。ターゲットを狙う時には寸分の狂いもないのに、認知は狂いっぱなし。そのギャップを示す内心の声のいちいちが無惨な笑いを生むのだ。いったん本を開いたら閉じることは不可能。週末に読むことをお勧めします。 [レビュアー]豊崎由美(書評家・ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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