WBSS優勝の井上尚弥が語ったドネア戦勝利の理由と4団体統一王者の野望「僕はやっとボクサーになれた」
試合を振り返ると、2ラウンドに左フックを浴び、右目上を深くカットしたことがすべてだった。 「早い決着もあるかなと感じていたが、あれですべてが壊れた。油断ではないが、1ラウンドからの出だしが良かったので若干、気持ちの余裕が出てしまった。ボディに来ると思ったパンチが顔面に飛んできた。そこがドネアの上手さ」 流血しただけでなく眼球が麻痺したような状況となり、最後までドネアが2人に見えるようにぼやけた。 「やむを得ず左を使ったポイントアウトという作戦に切り替えるしかなかった」 だが、勇気をもってプレスをかけ続けたドネアに徐々に追い詰められていく。伝家の宝刀、左フックのカウンターだけでなく、右のカウンターにも狙われ、ジャブ、ワンツー、ボディと多彩なパンチで攻め込まれた。 最大のピンチは、9ラウンドに顔面を打ち抜かれた右のストレート。まるで空中を彷徨うかのように井上はふらついた。 「正直、効きました」 それでも井上はクリンチに逃げて耐えきった。 そのときの心境を一夜明けて初めて吐露した。 「それを持ちこたえた一つの理由は、息子の存在。バチンとパンチが効いた瞬間、息子の顔が(脳裏に)浮かんだ。だから持ちこたえられた。こういう経験は初めて。家族の存在、影響がでかかった」 ボクシング人生初のクリーンヒットを浴び、意識が薄れかけたとき、そこに2歳になる息子の明波君の顔がフラッシュバックしたというのである。井上は入場の際、最前列にいた明波君の頭をグローブで撫で、このときだけ笑顔を浮かべていた。いつもスマホに大事そうに保存している2本の動画。明波君が、ボクシンググローブをはめ、元気いっぱいに素質を感じさせるパンチを振り回している映像だ。それらの記憶が絶体絶命の苦境に蘇ったのかもしれない。 「家族の支えがあったからこそピンチを乗り越えられた。どれだけ支えられているかを実感した。子供に負ける姿を見せたくない。いつまでも強いお父さんにいたいという気持ちがある」 ただ最強だけを追い求めてきた井上だったが、結婚し、子供が生まれ、戦う理由が増えてきた。そのモチベーションが最後の最後、井上を救ったのである。ボクシングは、究極のメンタルスポーツ。だから、36歳のドネアが26歳の井上を苦しめたとも言える。 そして2万2000人で埋まった「ファンの声に後押しされた」とも言った。 誰もが立ち上がり声を振り絞りさいたまスーパーアリーナは一体化していた。11ラウンドに起死回生の左ボディからのダウンシーン。 「幻の10カウントですね」 井上の追撃を制止しながらも、なかなかカウントを始めなかったレフェリングが、SNSで問題視されているが、井上は「山場を作れて良かった」と笑ってスルーした。