「ウエイトトレーニングを一切しない」山本由伸は、なぜ大投手になれたのか? 才能を開花させた“常識外れ”の練習法とは
高卒1年目に訪れた「最大の転機」
プロ入り後、瞬く間に「日本のエース」と言われる現在地へ飛躍するにあたり、最大の転機は高卒1年目の4月、トレーナーの矢田修と出会ったことだった。柔道整復師の彼が考案した「BCエクササイズ」に取り組み始め、特に同年オフの自主トレから力を入れ出すと、球の質が見違えるように変わった。 「本当に徐々にですけど、成果が出てきて、肘の痛みも気付いたら消えていて、ボールがどんどん強くなっていってという感じです」(山本) 矢田に教わったBCエクササイズや体の使い方をどのように投球動作に落とし込めばいいかと試行錯誤した。そうして現在のような投げ方に変わると、球の速さと強さがアップし、悩まされてきた肘の痛みも一切なくなった。 興味深いことに、スーツのサイズは年々大きくなっているという。 「体がどんどん大きくなっていて、形も変わっています。筋肉もなぜか増えているし」(山本) 矢田が考案したBCエクササイズは体の内部、つまりインナーマッスルに働きかけていく。最初に行うのが「正しく立つこと」だ。山本も通い始めた際、ここから取り組んでいる。 「自分では真っすぐ立てているつもりでいたんですけど、まったくそれはちゃんと立てているとはいえなくて。『これ、真っすぐ立てていないんだ』というところから始まりました」 なぜ、「正しく立つこと」が重要なのだろうか。矢田の解説には以下のように書かれている。 〈正しく立てない者は、正しく歩くことはできない 正しく歩くことができない者は、正しく走ることはできない 正しく走ることができない者は、正しく投げることはできない 正しく立つには、正しい呼吸と集中が大切〉
「身体知」
正しく走ることの重要性は、球界でも広がりつつある。例えば阪神や西武は春季キャンプなどで走りの専門家を招き、走り方から指導してもらっている。 子どもの頃から野球をしてプロになるような選手は、基本的に身体能力に優れ、周囲より速く走れる者が多い。反面、その道のスペシャリストに言わせると、「野球選手は『正しい走り方』を身に付けていない場合が少なくない」。 実際、西武が昨年10月の入団テストで10mや20m走でアジリティテストを行った際、視察した専門家は「ほぼすべての選手が正しい動き方をできていない」と評した。野球選手の多くは自分の感覚だけでプレーして、体をどう使えば効果的に力を発揮できるかを学んでいないのだ。 以上を踏まえると、山本が矢田の下で行っているアプローチの方向性をイメージしやすいかもしれない。「身体知」、つまり自分の身体の声に耳を傾け、どうすればより良く動けるようになるかを探っていくのだ。 矢田が考案したBCエクササイズは、「5B」と言われるメニューが根幹を成す。ブレス(Breath)、バー(Bar)、ボウル(Bowl)、ボード(Board)、ブリッジ(Bridge)で、その頭文字からきている。5Bの組み合わせや派生を含めると、300種類以上になるという。 矢田が主宰する「キネティックフォーラム」の信奉者は全国にいて、「奥深い世界」と口をそろえる。SNSやYouTubeが浸透した現在、いかに“分かりやすく”伝えるかがPVや再生回数につながる傾向にある一方、矢田の立場は対照的だ。 「“分かりやすく”ほど大きな落とし穴はない。例えば誤解を招くとか、違う解釈をされることがありますよね。言葉尻だけを捉えると、指導者の意図とは違う形になったとか」 矢田は初対面の山本にあえて「フルモデルチェンジが必要やね」と刺激的な言葉で伝えるなど、その「奥深い世界」を知るにはある程度の字数をかけて順に見ていく必要がある。筆者が一部を切り取るように“分かりやすく”説明して“落とし穴”に導くことは不本意なので、興味がある人は、2023年2月17日に発売された拙著『山本由伸 常識を変える投球術』を参照してほしい。