錦織は鬼門の全英・芝コートを克服できるのか
瑞々しい緑の芝のコートを、全身白のウェアに身を包んだ選手たちが舞うーーグランドスラムの中で最も歴史が古く、最も格調高く、ある意味最も非合理的な大会“ウィンブルドン・ザ・チャンピオンシップス”の季節が、今年もまた巡ってきた。 錦織圭にとってウィンブルドンは、4回戦を突破できていない唯一のグランドスラム。 「ここで良い結果を残したいという思いは、常にある。その思いを持ってタイミングがあえば、良い結果も出ると思う」と意気込みを口にしたうえで、「チャレンジ精神でやりたいです」と、大会に挑む自身の立ち位置を規定した。 前哨戦のハレ大会では、2回戦の途中で襲われた突発的な臀部の痛みにより棄権を強いられた。それでも今週火曜日から練習を再開し、日に追うごとに動きもショットの切れ味も高めつつある。 「しばらくは動けなかったので、しっかり休んで。かなり回復してきているので、明後日(初戦の7月3日)までには間に合うと思います」との言葉を裏付けるかのように、この日も世界10位のアレクサンダー・ズベレフ相手に、試合形式の練習で鋭いリターンやカウンターを連発。負傷の起点となった動きはバックハンドだと言うが、そのバックハンドも前日の練習と比べ、明らかに鋭く振り抜いていた。 とはいえ当然、ただでさえプレーの機会が少ない芝のコートで、実戦を積めなかった不安はあるだろう。本人も「まだここでは、他のグランドスラムに比べてセカンドウィーク(大会2週目)に行く自信がそこまで出てこない」と、微かな苦手意識をにじませもした。 それだけに今大会では、試合を重ねながらいかに芝のコートに適応していくかが、一つの鍵になるはずだ。その意味では今回の錦織は、初戦の相手に比較的恵まれたかもしれない。1回戦で対戦するマルコ・チェキナートは、世界105位の24歳。今季はATPチャレンジャー(ツアーの下部大会群)で1大会優勝、2大会で準優勝しているが、それらはいずれもクレーコート。それどころか、キャリアを通じても出場大会の大半がクレーで、芝でのプレー経験はほとんど無い。 錦織との対戦経験はなく、錦織も相手について多くは知らないというが「(同じイタリア人選手の)シモーネ・ボレーリに近いような、片手バックでフラットも打てる選手。どちらかというとクレーコーターっぽいイメージ」との印象を口にした。その「クレーコーター」相手に芝での経験差を活かすためにも、「始めの方に早めにブレークすれば余裕はできると思う。相手が噛み合う前にリードを広げたい」との試合運びを思い描いている。 とはいえ「僕自身もコーチも、直接はあまり見たことがない」ために、いざコートに立てば「試合での試行錯誤が必要になる」というのが実状だ。そしてこの試行錯誤こそが、彼が欲しているものでもあるだろう。開幕までの残り少ない練習で「自分のしたいことを再確認し、ボールの感覚を身体に入れておきたい」と言っていた錦織。その成果と手応えをまずは初戦で確かめ、自信を深めていきたいところだ。 目指すはもちろん上位進出ではあるが、挑む姿勢はあくまで「1試合ずつ戦うこと」。「あまり先を考えず、挑戦者の気持ちで」、一歩ずつ険しき芝の深山を踏破していく。 (文責・内田暁/スポーツライター)