30歳で異例の外野手転向。“ポスト古田”と呼ばれた米野智人が歩んだ数奇な野球人生
◇引退を考えているアスリートに伝えたいこと 2016年にプロ野球選手生活に別れを告げた米野は、2017年に飲食業でセカンドキャリアを歩み始めた。開始早々に試練に直面することになる。 「最初は食に興味があって、飲食店のオーナー業をやるつもりだったんですけど、当初お願いしていた料理人の方が、厨房に立てないことになってしまって……。店の家賃も払っているのに、料理を作れる人が誰もいない。 それまで簡単な自炊くらいしかやったことがない僕が、厨房に立たないと店を開けられないような状況に追い込まれてしまったんです。困り果てていると、2歳年上で料理好きの兄が北海道から駆けつけてきてくれて。いろいろ教えてもらったことが今も役に立っています。 開店当初は「いらっしゃいませ」を言うことすらもぎこちなくて……と苦笑いする米野。夢なんか描けないくらい、目の前のことに必死な状況に追い込まれたことが、今となっては良かったような気がする。そう当時を振り返る。 「僕の場合は、幸運にも幼い頃からの夢だったプロ野球選手になれましたけど、夢を叶えたあとにもツラいことがたくさんあって、夢心地な生活が続くわけではありませんでした。もちろん、夢を追うことも大切ですけど、夢がなかったとしても、目の前にあることを一生懸命に続けていけば、自分自身の成長が感じられますし、やりがいにもつながってくる。 遠い未来の展望を持つことばかりが、目標に近づく方法ではないと思うんです。例えば、お客様に店で出したカレーの味を褒めてもらえたとか、自然な笑顔で接客できるようになっているとか、そういう些細なところにも、道を切り拓くさまざまなヒントが隠されているんじゃないかと思います」 昨今では多様な選択肢も増えつつあるが、アスリートの引退後のキャリア構築については、さまざまな議論が交わされてきた。自身の選手としてのキャリアに見切りをつけ、見ず知らずの世界に飛び込むのは勇気がいることのようにも思える。 現役を引退して7年が経過し、最近ではセカンドキャリアの形成に関する講演もしている米野が感じるのは、「やってみることの大切さ」だと言う。 「どんな仕事であっても、自分でできることが増えていくにつれて、成長していく喜びを感じられると思うんです。引退を考えているアスリートに伝えたいのは、仕事を選びすぎないこと。 とりあえず打席に立って、バットを振れば見えてくるものもありますし、周囲への感謝の気持ちも芽生えてくる。スポーツをしていた頃と同じように、まずは目の前にある仕事をやってみて、自分のできる仕事が増えていくうれしさや、喜びを感じることが大切だと思います」 ◇選手としての経験がセカンドキャリアでも役に立つ 米野は、かつて在籍した埼玉西武ライオンズの本拠地のベルーナドームに、ヴィーガン料理の専門店「BACKYARD BUTCHERS」を2021年に開業。今年春にはポテトやチュロスを扱う「& Butchers」を新たにオープンさせた。 また、池袋の商業施設Waccaで、実父が札幌市で経営する喫茶店で自家焙煎したコーヒー豆を使った「WACCA COFFEE CLUB」の経営にも携わるなど、スポーツと食を軸にした事業を展開し、充実したキャリアを歩んでいる。 最近では、ベルーナドームの店舗運営をサポートしてくれる新規スタッフの採用にも力を入れており、米野自らが面接を担当することもあるという。 「一番重視しているのは、前向きで一生懸命、頑張ってくれそうな人です。最初のうちは慣れないところもあると思いますが、明るく楽しい雰囲気を作ってくれる人と一緒に仕事をしたい、そう思って面接させていただいています。でも、最近はどの業種も人手不足に悩まされていて……。僕自身もさまざまな解決策を考えているところです」 現在は経営者として辣腕を振るう米野だが、捕手というポジションはマネジメントや洞察力、人に対する姿勢といったビジネスとの関連要素も多い。 「選手時代には我慢をしなければならない場面もありましたし、“どうすればピッチャーに自分の思いをうまく伝えられるだろう…?”と悩むこともありました。でも、プロの世界で捕手としてプレーして培った経験によって、さまざまなことを学びましたし、人間としても成長させてもらえました。これからの人生でも、いろいろなことがあると思いますが、捕手をやってきた経験がきっと役に立ってくると思うんです」 さまざまな土壇場を乗り越え、自分のポジションを見出した米野智人のセカンドキャリアに、これからも注目していきたい。 (取材:白鳥 純一)
NewsCrunch編集部