約4時間頭皮を冷やし続けることで、抗がん剤治療に伴う脱毛を防ぐ。期待の治療《頭皮冷却療法》普及への課題は
乳がんの再発予防治療として用いられる抗がん剤。しかしその副作用で、投与から数週間ほどで頭髪などの体毛がほぼ抜けてしまう人は多い。国立がん研究センターが行ったアンケート調査でも、乳がん患者にとって、治療に伴う脱毛が最大の苦痛であることが報告されている。そんななか、脱毛への唯一の対策である「頭皮冷却療法」が4年前に日本でも承認された。そこで都内で多数の治療実績を持つ虎の門病院を取材。具体的な治療内容とともに、現場の医療スタッフや治療を受けて喜ぶ女性たちの話を聞いた(撮影=本社・中島正晶) 【写真】院内には、患者と医療スタッフが交換したメッセージが * * * * * * * ◆病院スタッフも患者も、試行錯誤を重ねて 頭皮冷却療法は、頭皮を冷やして血流を妨げるという、いたってシンプルな方法だ。しかし頭皮全体を隙間なく、確実に冷やさなければ効果は出ない。まずはどのように冷却が行われているか見ていこう。 院内美容室のスタッフが、冷却効果を高めるため、髪に水をスプレーして濡らす。ダメージを防ぐクリームを塗り、顔まわりをガーゼで保護してから、冷却液が流れるチューブでできた専用キャップをかぶせる。その上にシリコン製のヘッドギアをかぶせ、2人がかりで何本ものひもを強く引き、頭に専用キャップを密着させる。 治療はリクライニングチェアに座った状態で行われる。抗がん剤投与の30分前から冷却が始まり、約2時間の抗がん剤投与中、投与終了後も90分、休みなく冷却が続く。頭皮を冷やすこと自体に健康面への悪影響はないが、4時間座ったまま、頭を強く締めつけられるので、人によっては頭痛や吐き気、あごの痛みなどを伴う。 「導入時はこうした症状への対策も毎日手探りでしたから、痛みや吐き気、寒さに耐えきれず、中断する方も数名いました」(長岡さん)
寒さ対策に電気毛布やホットパックを使い、抗不安薬でリラックスできるようにするなど、現在はかなり苦痛を軽減できている。また、抗がん剤治療に伴う包括的なケアは、看護師や薬剤師、美容室スタッフも一緒になって行う。 「頭に触れただけでバラバラと髪が抜けていく抗がん剤特有の脱毛は、どれほどつらく、苦しいことか。ご家族には不安な顔を見せられない、という気丈な患者さんが多いので、できるだけ私たちがつらい気持ちを受け止められたら、と考えています」と話すのは、院内美容室スタッフの佐野ゆかりさん。治療時に髪の状態を見て、ヘアケアに関するアドバイスもする。 興味深いのは、治療を経験した患者から、「この先、治療を受ける人のために」と、苦痛を軽減するためのアイデアが多数寄せられていることだ。 前出の幸田さん、小野さん、山下さんが治療を受けたのは、虎の門病院が頭皮冷却の症例数を重ね、現場スタッフの経験値が上がってきたタイミングだった。そのせいか、治療に伴う苦痛よりも、治療中の手厚いケアに3人は感動したと話す。 「専業主婦として育児はもちろん、夫の両親と私の親の介護もしてきましたから、家族を心配し、ケアするのが当たり前の人生だったんです。でも頭皮冷却療法を受けている間は、主治医や看護師さん、美容室スタッフの方たちが、治療が少しでもつらくないように親身になって心配し、手を尽くしてくださる。はじめてケアされる側になったことはとても新鮮でしたし、むしろ治療を受けるのが楽しみなほどでした」(山下さん)