窪田正孝演じる教師の目論見を科学部の生徒たちが超えていく!――亀和田武「テレビ健康診断」
NHKドラマ10『宙(そら)わたる教室』の放映が、十二月第二週で完結した。 都立の東新宿高校定時制に理科教師として赴任した藤竹(窪田正孝)と、彼の呼びかけに応じ科学部に集まった、年齢も境遇も様ざまな生徒たち。そんな彼らが部活を通し思いもよらぬ化学変化をおこす。 透明感ただよう表情で、科学、とりわけその実験と研究の意義を説く藤竹を演じた窪田の演技が素晴らしい。その人柄にひかれ集まった生徒も魅力的だ。 金髪で左右の耳にはピアスが十個。そんな風体の岳人(たけと・小林虎之介)は計算なら複雑なものもできるのに、文章問題になるとからきし駄目。 藤竹は岳人がディスレクシアだと見抜く。読み書きが困難な学習障害だ。専用のタブレットを利用すると、教科書や試験の設問が難なく理解できる。 俺は馬鹿だから文章の意味がわからねえ。そんな劣等感が吹っ飛んだ。 立ちくらみと頭痛で起立性調節障害と診断された佳純(伊東蒼)は保健室登校が続く。保健室のノートに佳純は愛読書のアンディ・ウィアー『火星の人』の記述を真似て、日々の様子を記した。そう、佳純はSF小説の愛読者なのだ。 はかなげな佳純の顔を見て気がついた。『新宿野戦病院』のトー横キッズだ。演技が巧いだけじゃなく、情感をただよわせた表情が観る者の心を掴む。 そして小さなフィリピン料理の店を切り盛りするアンジェラ(ガウ)は四十代だ。集団就職で上京し、コツコツと技術を磨いて小さな町工場を持つまでになった長嶺(イッセー尾形)は七十代。二人も味がある。 四人の部員たちの眠っていた才能と感情を、藤竹は巧みに引きだす。岳人が「教室に火星を創る」と口にした言葉をプッシュし、佳純がその火星愛から気づいた、火星特有の二重クレーターを、それ面白いですと褒める。その再現実験を、今年の日本地球惑星科学会の高校生セッションで発表しましょう、と。 岳人のアイデアと長嶺が持つ工作技術。そして有り合わせの素材で、火星の重力を再現する装置が完成し、学会での発表が決まる。岳人の知への情熱に、『アルジャーノンに花束を』の主人公チャーリーが重なる。「おれはリコウになりたい」と言った中篇版の『アルジャーノン』だ。 将来を嘱望された研究者の藤竹がなぜ定時制高校の教師になったか。科学の公平さと無限の可能性、どちらも証明したかった藤竹の目論見が、岳人たちによって、藤竹の想像を超えたものとなるプロセスが文句なく素晴らしい。 さらに、そんな岳人の変化に苛立って実験を妨害する、かつての悪友の行動にも孤独と絶望を見出す視線の柔軟さに拍手だ。 INFORMATIONアイコン『宙わたる教室』 NHK総合 放送終了 https://www.nhk.jp/p/ts/11GMGMRG5V/
亀和田 武/週刊文春 2025年1月2日/9日 新年特大号