〈安楽死がテーマ〉胸をえぐる物語の展開、クリント・イーストウッドのみるべき一本とは
長場雄が描く戸田奈津子が愛した映画人 vol.50 クリント・イーストウッド
字幕翻訳の第一人者・戸田奈津子さんは、学生時代から熱心に劇場通いをしてきた生粋の映画好き。彼女が愛してきたスターや監督の見るべき1本を、長場雄さんの作品付きで紹介する。
最後には安楽死がテーマに
94歳の今も現役の映画監督&俳優として活動しているクリント・イーストウッドですが、驚くのは、その作品が年齢を感じさせないこと。高齢になってからも活躍し続けた監督はほかにもいますが、たいていは作風が老いていくのよね。 でもクリントの作品は時代によってちゃんとテーマがアップデートされていて、「ご老人が作った映画」と思わせない新鮮さがある。これは本当にすごいことだと思います。 私が特に好きなのが『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)。製作・監督・出演・音楽も手掛けている、まさに彼の真髄ですね。 最初はシンプルなボクシングの映画と思わせておいて、最後には安楽死がテーマになっていく。ものすごく問題意識の高いストーリーだったし、胸をえぐる展開でした。 俳優だった彼が初めて監督を務めたのは、スーパースターの地位を確立した40歳をすぎてから。いろいろな監督と仕事をする中で、演出に必要な視点を蓄積させていったのね。 普通ならスーパースターの頂点を極めたら、それで念願成就なのに、彼はその後すばらしいキャリアを築いた。人としての「一生」だけでなく、俳優、監督としての人生も加わった「三生(!)」を生きている希有な人だと思います。
『ミリオンダラー・ベイビー』(2004) Million Dollar Baby 上映時間:2時間12分/アメリカ ボクシングジムを経営するフランキー(クリント・イーストウッド)は、選手を大切にするあまり慎重な試合しか組まず、チャンスを欲するボクサーたちに次々と去られていた。そんなフランキーの元に、31歳の女性マギー(ヒラリー・スワンク)が入門。 家族に恵まれず不遇な人生を送ってきたマギーは、貧しい生活を送りながらも必死で練習に励むことに。不器用なあまり娘と音信不通になっていたフランキーは、トレーニングを通してマギーと父娘のような絆を深めていく……。アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演女優賞など4部門を受賞した。 クリント・イーストウッド 1930年5月31日生まれ、アメリカ・カリフォルニア州出身。若い頃から、TV『ローハイド』(1959~1965)、『荒野の用心棒』(1964)、『夕日のガンマン』(1965)などの西部劇や、『ダーティハリー』シリーズ(1971~1988)をはじめとするアクション映画に数多く出演。 『恐怖のメロディ』(1971)で監督デビューを果たし、『バード』(1988)、『パーフェクト・ワールド』(1993)、『マディソン郡の橋』(1995)、『父親たちの星条旗』(2006)、『硫黄島からの手紙』(2006)、『グラン・トリノ』(2008)、『運び屋』(2018)、『クライ・マッチョ』(2021)など話題作を多数発表。 『許されざる者』(1992)と『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)でアカデミー作品賞と監督賞を受賞した。最新作『陪審員2番』(2024)がU-NEXTにて配信中。 語り/戸田奈津子 アートワーク/長場雄 文/松山梢
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